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B.HOPE STORY

ストーリー

2017.04.19 / B.HOPE STORY #1

仙台89ERS
「地域に根差すプロクラブ」としての想い

Bクラブの魅力を社会的責任の側面から紹介する「B.Hope STORY」。第一回はクラブ創設から12年目を迎えた『仙台89ERS』にスポットをあてた。仙台市・宮城県とともに歩んだ年月の中で、東日本大震災を経験。その経験を経た今、「地域に根差すプロクラブ」としての想いを株式会社仙台89ERS中村彰久代表に聞いた。
また、仙台89ERSのホームゲームを華やかに彩る89ERSチアーズ石河美奈プロデューサー・鈴木保之香キャプテンには東日本大震災が起こった際、チアーズとして行ってきた活動とその想いを、クラブを支える大きな存在となっている仙台89ERSホームタウン協議会武田均事務局長・亀井博行事務局員にはクラブの存在意義や今後の期待についてお話し頂いた。

【インタビュー対象者】
・株式会社仙台89ERS 
代表取締役 中村 彰久氏

・89ERSチアーズ 
プロデューサー 石河 美奈氏
キャプテン 鈴木 保之香氏

・仙台89ERSホームタウン協議会 事務局長・武田 均氏
事務局・亀井 博行氏

株式会社仙台89ERS 
代表取締役 中村 彰久氏 インタビュー

キーワードは「地域と共に」

■ 中村代表が考える「地域に根差したプロクラブ」とは?

中村:リーグ戦参入は12シーズン目ですが、会社の設立は2004年5月になります。「プロバスケチームを」という動きは2000年くらいからありました。私が仙台市出身だったということもあり、仙台にチームを立ち上げたわけですが、bjリーグ開幕前だったこともあり、表現するもの・見せるものがない為、市民の皆さまの多くは「プロバスケットボールチームって何?」という感覚だったと思います。
だからこそ自分達の想いを表した「理念」を作り上げ、地域の方々に伝えるために奮闘していたのを覚えています。
当時は東北楽天ゴールデンイーグルスがまだありませんでしたから、「仙台市の北側にはベガルタ仙台があり、これからは南側に仙台・宮城の活性化を目指すもう1つのプロクラブとして仙台89ERSがある。」その想いを記し、分かり易く伝える為の理念である『仙台89ERS 5つの活動方針』を作りました。

プロスポーツクラブは法人なので「利益」は当然重要ですが、それだけなのか?という想いが強く、『一緒に作る』『共に発展する』ということをすごく大切にしたかった。「地域を一緒に作っていくクラブ」「子ども達に夢や希望を提供できるクラブ」「地域の課題にしっかり向き合うクラブ」それが仙台89ERSです。

クラブ創設時の「仙台89ERS 5つの活動方針」
現在は被災地復興支援も項目に追加されている。

■ 東日本大震災がクラブに与えたインパクトは?

中村:震災直後はどうやって立ち上がればいいか分かりませんでした。実際にクラブは活動休止に追い込まれ、多くの選手がレンタル移籍でチームを一時的に離れました。本当に先が見えない中、助けてくださったのが地域の方々です。皆大変な状態だったにも関わらず、本当に多くの皆さまが手を差し伸べてくれました。クラブ設立以来、『一緒に作る』『共に発展する』ことを大切にしていなければ、今クラブが存在していなかったと思います。

地域の方々に助けられ、チームが早々に元の状態に戻りつつあるなか、震災でいただいた支援にどう応えるのかを考えました。支援してくださった方々からのご要望もあり、我々の理念に立ち戻って子ども達のためになることを更に積極的に行うこととしました。

現在も続く被災地の子ども達の招待活動

例えば、震災で多くの車が津波に流されたため、中古車を購入された方が多かったのですが、小さなお子さまをもつ方がさらにチャイルドシートを購入するのは大変だろう、ということで中古車販売会社と組んで、家庭で眠っているチャイルドシートを集めてプレゼントする取り組みを行いました。
他にも、みんながまたバスケができるようになることを願いながら、試合会場での募金やチャリティーオークションで得た収益金で、宮城県内男女合計約300の中学バスケ部に1個ずつバスケットボールをプレゼントしたりもしました。また、今でも地元企業と協力しながら被災地の子ども達を試合に招待しています。

バスケットボールプレゼント活動

■ 今後の地域への想いは?

私は自らが『地域密着』という言葉を用いることは好きではありません。あくまで私たちの地域に対する想いを形にする『活動』であり、結果として皆さまが、密着と捉えてくれるのであれば有難いことだと思っています。
将来的には宮城県内のどこかに、バスケットのコートとクラブハウス、バスケショップ、飲食や温浴施設があり、バスケットボールをする人達やその周りの人達が集う街「B.TOWN(仮)」を作りたいという夢があります。仙台市民・宮城県民が、より楽しみや豊かさを実感できて、住む人と地域社会との接点がより持てるような場所・街を作りたいと思っています。

89ERSチアーズ インタビュー
プロデューサー 石河 美奈氏
キャプテン 鈴木 保之香氏

地域の模範となる存在を目指して

■ 震災直後、チアーズの皆さんの献身的な行動が話題になった。どんな想いでどんな活動を行ったのか?

石河:私たちは常に「地域と共にあり、地域の模範である」という意識を持って活動を行っています。この理念を強く伝えてきたことで、チアーズのメンバーは、震災直後から自らが被災しているにも関わらず自立的にボランティアとして避難所へ足を運び、活動をしました。『他者を思いやること』『困っている隣人を放っておかないこと』などチアーズの教えや理想が究極の災難に陥った時に活かされたと思っています。

  • 89ERSチアーズ
    プロデューサー 石河 美奈氏

  • 89ERSチアーズ
    キャプテン 鈴木 保之香氏

震災から少し経ち、私たちは支援物資を持って大川中学校を訪問しました。そこは津波で多くの生徒が犠牲となった大川小学校の兄姉が通う中学校であり、子どもたちの心中を考えると最初は戸惑うばかりでした。そんな時にひとりの生徒が「私もダンスを踊ってみたい」と声をかけてくれました。前を向いて歩こうとしている生徒たちに、たった一度の訪問ではなく、長期的なサポートをしたいと思い、体育の授業を担当させていただくことになりました。弟や妹の分も力強く生きていってもらいたいと心から願って訪問を続けていたのを鮮明に覚えています。」

鈴木:「新入生の減少もあり、大川中学校では卒業式ではなく閉校式を迎えることになったのですが、その閉校式に私たちを招待してくれました。2年に渡る感想などを綴ったお手紙をみんなから頂いたのですが、そこには「大切なことを気付かせてくれてありがとう。」などの言葉もあり、仙台89ERSを通して子どもたちや先生方、親御さんがひとつになれたあの時の時間を今でも忘れることができません。」

■ 避難所を訪問する日々の中で印象に残っていることとは?

鈴木:「チームが活動休止になり、選手が他のチームに散り散りになる中で、89ERSチアーズが今こそ地域の為に活動することで『89ERS』という名前を発信していく事ができるのではないかと思いました。この気付きをきっかけにクラブのフロントスタッフと手を取り合って、ボランティア活動をさらに加速させていったのを覚えています。
震災発生から若干時間が経ち、避難所生活を続ける被災者の皆さんはエコノミー症候群の予防が必要になるなど、状況が変わってきました。その時「私たちには『ジンギスカンダンス』がある。」と気付いたんです。ホームゲームで来場者と一緒にいつも踊っているジンギスカンダンスは、手ぬぐいがあれば簡単に体を動かすことができます。手ぬぐいというアイテムから、悲しみの淵にいる被災者の皆さんとコミュニケーションが取れるようになっていきました。また、仙台89ERSのチームカラーがとても明るい黄色で、それを身に着けて活動することで「黄色い人達が来ると明るくなる。」という言葉も掛けてもらいました。」

避難所で手ぬぐいを使ってのジンギスカンダンスや体操

石河:「避難所では、津波で何もかも流されてしまった子ども達もたくさんいました。寄付で集まってくる靴から自分のサイズを見つけた時の嬉しそうな顔や、校庭を走り回る光景を幾度となく見てきました。私たちはこの経験があるからこそ、誰よりも感受性が豊かであり、他者を考えられる。この経験があるからこそ、『生きる』ということに対してリスペクトすることができると思っていますし、また、これからもそれを表現するチアーズであり続けたいと思っています。」

仙台89ERSホームタウン協議会 事務局長・武田均氏、事務局・亀井博行氏 インタビュー

灯した火を絶やさない為の支援

■ 地域に『仙台89ERS』というクラブが誕生した時はどのような想いだったのか?

武田:「仙台市には仙台89ERSの他に、先にあったプロサッカーのベガルタ仙台、のちにできるプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスと現在では3つのプロスポーツ競技を市民が楽しめるようになっています。どのクラブもその成り立ちは三者三様ですが89ERSの中村代表と協議を続ける過程で「地域と共にあるクラブをつくりたいんだ」という想いがひしひしと伝わってきたのを覚えています。競技者だけではなく、スポーツから得られる感動や感激・高揚は、観戦する市民にも価値の高いものを提供できるだろうと思いましたし、野球・サッカー・バスケと、年間を通して質の高いスポーツを提供できる環境が整うことは、市民サービスという観点で行政としても大いに歓迎でした。」
亀井:「仙台89ERSの『地域と共に』の想いに地元商店街や地元企業も心を動かされ、市民にとっても大変意義のあるものであると判断できたことから行政も支援し易くなったと思っています。」

  • 仙台89ERS ホームタウン協議会
    事務局長・武田均氏

  • 仙台89ERS ホームタウン協議会
    事務局・亀井博行氏

■ クラブが取り組んだ地域活動で印象に残っている活動は何か?

亀井:「震災が発生した時、プロスポーツクラブとしてやるべきことをしっかり認識して、早急に動いてくれました。現場に足を運ぶことを率先してやってくれた。クラブだって被災している中、そのような行動は行政の私たちは全く期待していなかったのですが、強い使命感をもって動いてくれたことを鮮明に記憶しています。」

武田:「震災に関わらず、震災前からプロスポーツクラブとしての地域活動の一環で、幼稚園や小学校・中学校への学校訪問をしっかりやってくれていました。学校の体育館でボール1つあればすぐにバスケットができる。この身軽さを武器に学校訪問活動をずっと継続してくれています。こどもたちに夢を見せること、地域の方々に話題を提供すること、震災前からのこれらの活動を通して、仙台には89ERSがなくてはならないと、皆が思ったと感じています。震災後も、より大きな被災を受けたところに、より多くの絶望があるところにまずは行く、という想いが見えました。有事の時だけではなく、平素からの活動がしっかり市民から評価されていると感じています。」

■ 今後の仙台89ERSに期待することは?

亀井:「夢を持つ子どもたちのツールになり続けてほしいですし、より地域に愛されるようになっていってほしいと思っています。これに天井はないので、引き続き努力してもらいたいですし、我々としてもバックアップしていきたいと思っています。」
武田:「クラブは地域の為に、ホームタウン協議会はクラブの為にPRを、というような両輪の関係を構築できています。行政の役割は着いた火を消さないこと。クラブが努力して市民の為に提供してくれる楽しみや喜び、豊かさの火をいつまでも灯し続けられるように支援していきたいと思っています。これまでの地域に根差した活動の歴史も震災直後の対応も市民は見ています。今後も仙台市には仙台89ERSが必要であり、未来永劫続いていくクラブであってほしいと思っています。」

仙台89ERSホームタウン協議会が行うPR支援の一環。ホームアリーナ近郊には仙台89ERSののぼりが複数立ち並び、アリーナにはクラブのユニフォームを模った「ビッグユニフォーム」が掲出されている。