松野 遥弥(専修大学)/無名の原石から「誰かの憧れ」へ 描く唯一無二のプロキャリア B.LEAGUE DRAFT 2026

日本バスケットボール界が大きな転換期を迎えるなかで開催される「B.LEAGUE DRAFT 2026」 。この舞台に立つ候補選手たちは、いま何を想い、どのような覚悟でプロへの扉を叩こうとしているのでしょうか 。本連載は、実績やデータだけでは見えてこない彼らの”等身大の声”に迫ります。度重なる苦難を乗り越えた不屈の精神や、チームのために徹した献身的な姿勢 。一人のアスリートとして、人間として歩んできたこれまでの軌跡と、新たなステージへの決意 。ドラフトという運命の日を目前に控えた、彼らの「現在地」を届けます。
松野 遥弥
まつの・はるや/専修大学4年/190cm・83kg/PG/・SG/2003年4月2日(22歳)/桜丘高校卒/愛知県出身
※年齢はドラフト当日の2026年1月29日時点

「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」という、日本のトップカテゴリーを目指す有望株が集う舞台。その中に、抜群の身体能力と誠実な眼差しで、関係者の視線を集める一人の若者がいました。専修大学4年の松野遥弥選手です。190cmの恵まれた体格に、類まれなジャンプ力とスピード。エリート街道を歩んできたように見える松野選手ですが、これまでの歩みは、葛藤と絶え間ない自己変革の連続でした。
松野選手のバスケットボール人生の始まりは、小学4年生の終わり頃、親から勧められた「ダンスかバスケか」という二択の中で、友人に誘われたバスケを選んだことがきっかけ。中学時代まで、本人は「そこまで熱心だったわけではない」と振り返ります。地元・愛知県で過ごした小中学生時代は全国大会とも無縁で、ポジションもセンターからフォワードへと移り変わる時期にありました。
そんな彼にとって最大の転機となったのは、高校進学を控えた時期に恩師・江﨑悟コーチ(当時桜丘高校、現山梨学院高校コーチ)と巡り合ったことです。江﨑コーチは、まだ無名だった松野選手の才能を見抜き、高く評価して声をかけました。自信のなかった松野選手にとって、この評価が「本気でバスケと向き合う」原動力となりました。

桜丘高校では、後に日本代表となる富永啓生選手(レバンガ北海道)と入れ違いでの入学となりましたが、強豪校の壁は高く、当初はメンタル面の弱さに苦しんだと言います。初めてのウインターカップでは会場の雰囲気に圧倒され、腹痛を抱えたまま試合に出場。ベンチから河村勇輝選手(当時福岡第一高校)のプレーを眺め、「凄過ぎる…」と驚嘆していた一人の観客のような心持ちだったと回想します。
高校卒業後の進路を考える際、松野選手は一度、バスケットボールを辞めて美容の専門学校へ進むことを考えていました。しかし、ここで再び江﨑コーチの言葉が彼の背中を押します。「どこの大学でプレーしたいんだ?」という問いかけに対し、自分の中から湧き上がってきたのは「大学でもバスケをプレーできるんだ」という思いでした。こうして、関東の強豪・専修大学進学への道が開かれたのです。
大学入学後もすぐに表舞台に出てきたわけではありません。「1年生の頃は少し遠慮があったんです」と、試合に出られないことも多かったのです。2年生になり主力としての自覚が芽生えるようになりますが、「2年、3年と勝てる試合を落としてしまうなど、最後までなかなかチームを勝たせることができませんでした」と、当時を振り返ります。

しかし、そんな中でも松野選手のモチベーションを上げていくトリガーとなる経験が訪れます。一つは大学2年、2024年初頭に三遠ネオフェニックス(B1)のトップチームで練習に参加したこと、そして大学3年になると3x3(3人制バスケットボール)のU23日本代表に選出された経験でした。自分と同じような境遇の選手たちが切磋琢磨する姿に勇気をもらい、再び「プロに行きたい、自分を信じてくれたコーチの自慢の選手になりたい」という強い決意を固めることができたのです。
「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」のインタビューで、松野選手は自身の武器である「身体能力」について冷静に分析しています。テストで数値として証明されたその能力を、プロの世界でどう生かすか。彼はその答えを「ディフェンス」と「フィジカル」に見いだしています。
「オフェンスのスキルも大切ですが、プロで必要とされるのは泥臭い部分。日本のトップレベルの選手は一様にディフェンスが優れています」と語る松野選手は、これまでのポイントゲッターという役割に加え、PGとしての役割もこなせるようになりたいと、さらなる進化を見据えています。190cmの大型PGという可能性は、日本のバスケットボール界にとっても非常に魅力的な挑戦です。
松野選手の魅力は、そのプレーだけではありません。プロになって得た報酬で何がしたいかという問いに対し、まず口にしたのは「これまでお世話になった両親への恩返し」でした。食事に連れて行く、親孝行をするという素朴で温かい目標は、彼の人間性を象徴しています。
また、InstagramなどのSNSを通じた発信にも意欲的です。「ファッションなどにも注目してもらえるのはうれしいですね。バスケットボールの実力だけでなく、一人の人間としての個性を発信し、バスケだけではない憧れを持ってもらえる存在になりたい」と語ります。競技の枠を超えてスポーツの価値を高めようとする、次世代のアスリートらしい姿勢も見られます。
一人の「無名」だった選手が、努力と出会いによって「唯一無二の存在」へと変わっていく。「やるからには日本代表に食い込み、オリンピックに出場したい」と力強く語る松野選手が、プロの舞台でどのような景色を描き、誰の憧れとなっていくのか。そのストーリーを追いかけていきたいものです。
