INTERVIEW
島田チェアマン インタビュー
B.LEAGUE史上初となるドラフトがついに幕を開ける。エントリー数は想定を上回る108名。しかし実現までの道のりは、クラブとの長期間におよぶ議論や制度への懸念など困難の連続だった。「待っていては実現しない」――。そう語るB.LEAGUE島田慎二チェアマンは、なぜ今、導入へ踏み切ったのか。戦力均衡への危機感、そして学生時代の「物語」をプロへつなぐ未来構想など、その決断の裏側にある真意と展望を語ってもらった。
「待っていては実現しない」
B.LEAGUE DRAFT実現に向け、難航した議論と島田チェアマンの決断
ドラフトエントリーが締め切りを迎え、108名の選手が参加を表明しました。率直にこの数をどう捉えていますか?
感覚的には想定より多かったというのが本音です。というのも、今回は前例がない初めての試みでしたから、もう少し少ない人数をイメージしていたのです。
本来であれば、今年度開催し、来年度も行って、3年ほどたてば「プロになるための登竜門」として認知され、当たり前のルートになるだろうと考えていました。しかし、初年度に関しては、今シーズンの開幕前までに契約を済ませれば、ドラフト前に加入できる状況でしたし、実際、駆け込みで加入した選手も一定数いたと認識していましたので、そういった状況を差し引いたうえで、結果として100名を超える選手が手を挙げてくれたのは良かったと感じています。
大学の下級生や高校生のエントリーについてはどう考えていましたか?
多くの下級生や高校生がエントリーするとは思っていませんでした。もちろん、その年ごとの選手のレベルや水準もありますが、基本的には大学であれば大学でしっかり学び、部活動の中で育つというケースが一般的です。
また、高校生で即戦力としてB.LEAGUEで活躍できる選手がどれだけいるかというと、多くはないでしょう。ただ、2030年、2040年といった未来の話になれば、高校生から海外へ挑戦する選手がもっと出てくるでしょうし、プロ選手になることの意識も変わってくると思います。一足飛びにそうなるとは思っていませんが、将来的には、より若い世代からドラフトを目指す選手が増えていく可能性はあるでしょう。
「B.革新」の初年度にドラフトを行う構想はいつ頃からあり、なぜこのタイミングで始めようと考えたのでしょうか?
外国籍選手のオンザコートのルールやサラリーキャップなど、さまざまな大きな施策に対する議論がある中で、正直に申し上げるとドラフトの導入はかなり難航しました。「職業選択の自由をどう考えるか」「ユースチームの存在意義はどうなるのか」「ユースとドラフトは共存できないのではないか」といった意見があり、クラブ間でも意見が割れたのです。
しかし、私はかなり早い段階から「ドラフトをやりたい」と考えていました。
B.LEAGUEが目指す「感動立国」や「地域創生」を考えたとき、地域のクラブにもチャンスがある世界観を作る必要があります。そのためには、ある程度フェアな環境で戦力均衡を保つ状況を作らなければ、理念と逆行してしまいます。
議論は何時間にも及び、なかなか決着が見えないような状況でしたが、私がここで強く推し進めなければ永遠に導入できないのではないかと思い、最終的には私が「やりませんか」と押し切った形です。
反対派のクラブからは具体的にどのような懸念があったのですか?
「そもそもドラフト指名に値する選手がどれだけいるのか」「時期尚早ではないか」という意見や、「選手が指名を拒否したらどうするのか」「ドラフトで望まないチームに行きたくないと選手がB.LEAGUEを避けることで、リーグのブランドが毀損するのではないか」といった懸念がありました。
しかし、私はこう考えています。世界で勝つ日本を目指すとき、国内リーグにいる強力な外国籍選手を日本人選手がやっつけるくらいの気概がなければ、世界では勝てません。そこに必要なものはやはり「競争」です。その上でドラフトは「変化」をもたらすための手段としても有効だと考えました。
「環境が整うのを待って導入しよう」と先送りしていては、絶対に実現しないと思ったのです。ドラフトの成功をゴールとするのではなく、ドラフトを行うことで育成環境に変革を起こすことに、より価値があると考えているのです。
B.LEAGUEドラフト概要発表記者会見にて制度の説明を行う島田チェアマン
甲子園や箱根駅伝のような「物語」をバスケにも。学生時代の“ヒストリー”をプロへ接続させたい
ドラフトと言えばNBAのようなショーアップされたものを想像しますが、現段階ではどのように見せていく予定ですか?
今回は、そこまで派手な演出をしたり、無理に盛り上げたりしようとは考えていません。重要なのは「実(じつ)」を取ることです。
具体的には、その選手が大学生時代に全日本大学選手権(インカレ)であったり、高校生時代にU18日清食品リーグの大会、ウインターカップであったりといった舞台でどう活躍したかという「ヒストリー」を、しっかりとプロの世界へつなげていくことです。
現状、そうした学生時代とB.LEAGUEのキャリアが分断されているように感じることがあります。例えば、箱根駅伝や甲子園のように、「あの高校の、あの選手が」「あの大学のエースが」という物語を持ってプロに来てほしいのです。
今は「B.LEAGUEのファン」「大学バスケのファン」「高校バスケのファン」がそれぞれ分かれている状態です。ドラフトを通じてこの歴史をクロスさせ、物語を接続させることこそが重要です。1年目はその文化の土台を作り、5年後、10年後に「B.LEAGUEのMVPになったあの選手は、ドラフト1位だったよね」と振り返れるようなスタートラインにしたいと考えています。
サラリーキャップとの兼ね合いや、1巡目指名選手の年俸がどの順位においても一律である点などについてはどうお考えですか?
サラリーキャップ自体を上げていく方針ですので、まずはその枠を広げることが重要です。年俸の順位設定など細かい部分については、実際に運用しながら課題が出てくれば修正していけば良いと考えています。
「ドラフト1位から26位までが同額なのはどうか」という議論ももちろんありましたが、クラブ側もまだドラフト制度に慣れていませんし、アジャストできていない部分もあります。まずはスタートさせてみて、走りながら変えていくべきところは変えていけば良いというスタンスです。
開催時期について、1月末というのはどのような意図ですか?
私の本音ではもっと早くしたかったのですが、各クラブの現場、GMの皆さんの意向を尊重しました。やはり「ウインターカップやインカレの結果をしっかり見てから判断したい」という声が強かったのです。
まずはしっかりと学生の大会を見て、その結果を踏まえてジャッジする期間を設けるために、1月末という時期設定 になりました。1月末という時期が学生に取って、不利にならないかどうか?という点で、実業団への就職を控えた選手を念頭に複数の企業様にヒアリングのご協力をいただき、昨今の就職事情なども加味して、最終的にこの時期に決定しました。
特別指定選手とドラフト指名の関係性については、少し複雑な部分もありますがどう整理されていますか?
例えば「Aというチームにドラフト指名されたが、今季はBというチームで特別指定選手としてプレーする」というようなケースは、ファンの皆様にとっても違和感を覚えるでしょう。自分のチームに入ることが決まっている選手を、他のチームが公式戦で使うわけですから。
しかし、そこは「選手の成長」を最優先に考えました。ドラフト指名されたからといって、すぐに試合に出られる保証はありません。だからこそ、特別指定で活動できる道を残し、少しでも早くプロの環境で経験を積むことが日本のバスケ界のためになると判断しました。
最後に、ファンに向けたドラフトの見どころをお願いします。
一番の魅力は、選手の成長プロセスに関与できることです。親が子どもの成長を見守るように、ファンもその選手の学生時代の歴史を知った上で、プロに入ってくるのを迎えることができます。
ドラフトによって、選手の「ヒストリー」とプロの世界が接続されます。「地元出身のあの子が」「ウインターカップで活躍した彼が」という文脈を持ってプロの世界に入ってくる。意中のクラブに指名されなかったとしても、それがプロの世界です。そうした部分の不安をなくすために、待遇、環境に対する制約をクラブ側にも課し、B.PREMIERのどのチームにセレクトされたとしても、選手にとって不利にならないように努めています。ですから、求められたクラブで、どう活躍していくかというドラマも含めて楽しんでいただきたいと思っています。
まだ高校野球のような国民的行事にはなっていませんが、まずは地道に「実」を取り、文化として根付かせていく。それが日本のバスケットボール界を強くし、ファンベースを熱くすることにつながると信じています。