2021/01/29B.HOPE STORY#007
有森裕子理事長×島田チェアマン対談

スペシャルオリンピックス日本 有森裕子理事長×島田チェアマン対談 ~コロナ禍におけるスポーツの力~

スポーツを通して「障害」という概念を吹き飛ばそう――。プロバスケットボールBリーグと、スポーツを通じて知的障害者の社会参加を支援しているスペシャルオリンピックス日本は、そんな理念のもと、2018年にパートナーシップを結んだ。新型コロナウイルスの感染拡大でスポーツ界そのものに大きな影響が出ている今年も、障害の有無にかかわらず共に生きる道を広げていこうと活動を続けている。日常を見直したからこそ気づいたスポーツの力や今後の可能性について、Bリーグの島田慎二チェアマンと、バルセロナ、アトランタ・オリンピックのメダリストでスペシャルオリンピックス日本の有森裕子理事長が語り合った。

――ユニファイドスポーツとは、知的障害のある人(アスリート)と知的障害のない人(パートナー)が混合チームを作り、練習や試合を行い、スポーツを通じてお互いに相手の個性を理解し合い支え合う関係を築いていくためのスペシャルオリンピックスが世界的に推進するプログラムです。Bリーグとスペシャルオリンピックス日本はこれまで、Bリーグチャンピオンシップ決勝の前座試合として「ユニファイドエキシビションマッチ」を開催してきました。知的障害のある選手と元バスケットボール女子日本代表の大神雄子さんたちが一緒にプレーをしている試合を見て、有森さんはどのようなことを感じていますか。

有森 「プロ選手たちのもとでプレーが見せられる。それだけで、障害のある選手たちはテンションもモチベーションも上がる。試合の機会があることは本当に大事だと思っています。それに、私が言うのもおこがましいですけど、Bリーグの選手たちにとっても、より多くの人に知ってもらう機会になる。そうしてまた賛同してくださる方が増える。そんな流れが自然にできるんです。バスケは米国のNBAも同様のチャリティー活動に力を入れていて、バスケ界自体にそういう基盤がありますから、現場の意識が高い。うれしいですね。ユニファイドスポーツとバスケという組み合わせが、当たり前になってきたように感じています」

島田 「Bリーグが開幕してから、オンコートでプレーするだけではなく、社会貢献活動をしたいという選手が増えている印象があります。みんなNBAの活動も知っていますしね。背景をいえば、Bリーグの開幕前は、選手の年収が平均200~300万円で、自分の生活に追われていたので余力がなかった。世の中の人たちを助けるような立場じゃないってところがベースにあったと思うんです。それが稼げるようになって世界観が変わって、ようやく社会に目を向ける余裕ができてきた。そして、行動に移せるようになってきたのが、Bリーグができてから数年の大きな変化だと思うんです。プレーヤーとしての質も上がったし、人としての質も上がってきていると思います。メディアへの露出が増えて、社会的責任を感じる場も増えたんだと思います。もちろん、スペシャルオリンピックスさんとの取り組みを通して意識が上がったのもある。本当に良いことだと思っています」

有森 「今おっしゃったように、選手本人の生活にある程度めどが立たないと、なかなかできないんです。理念だけ持てと言われても、いやいや自分のことで大変なんだよっていうのが当たり前でした。私も選手だったのでよく分かります。スポーツ選手は社会貢献をしろとすぐに言われるけど、その前にスポーツ選手の生活を保障してよって思っていました。海外にはスポーツ年金の制度がある国もあります。そこが整ったら活動できる選手はたくさんいると思います。いまはさまざまな競技でプロ化が進んでいるので、生活が安定した選手たちから参加できるよう、道をつないであげられる組織になりたいと思っています」

――日本では2020年東京五輪の招致が決まった2013年9月以降、一般の人々のなかでも障害者スポーツへの意識が高まってきたように感じられます。

有森 「そうですね。東京オリンピック・パラリンピックを前に、パラリンピック、パラリンピアン、障害者スポーツにスポットが当たって、さらに皆さんの意識は上がっているように感じます。ただ、世界に比べれば遅いくらい。スペシャルオリンピックスの歴史も長いんですけど、まだまだ『スペシャルオリンピックスとはなんぞや』という理解は高くない。だから、オリンピック・パラリンピックがあろうがなかろうが、『Bリーグと共生のための活動をしている』と認識してもらえるような、そういう組織になるべく、活動を作り上げていきたいなと思っています」

有森裕子理事長×島田チェアマン対談

島田 「Bリーグ自体も今季が5季目という若いリーグなので、機運が高まっていくのはこれからなんだと思っています。オールスターやチャンピオンシップ決勝のタイミングでコラボレーションさせていただいていますが、各クラブとの連携は始めて間もない。Bリーグの人気や価値がこれからもっと上がって、多くの人たちに注目されるようになれば、メッセージもより多くの人に届くようになるんだと思います。健常者の方と障害者の方が一緒になって相互理解を深める。リーグとして、そういう世界観のためにポジティブな行動をしていければ、意義深いなと思っています」

――オリンピック・パラリンピックだと一般の人々は見ることがメインになりますが、スペシャルオリンピックスは一歩踏み込んで共に活動することをめざしています。その意義をどう考えていますか?

有森 「ユニファイドスポーツを通して見えるものは、社会の構図です。たとえば、社会生活のなかでは障害のある人もない人も、本当は一緒に生活している。でも、どこか壁がある。一緒に生きていこうとしても、どう声をかけて、どう対応していいか分からないと思いながら、避けているような感じです。その構図を、スポーツを通して打ち破るんです。バスケなら、初めは一緒にプレーするのにどう声かけして、どうパスをすれば良いのか分からない。でも、やってみたら意外と普通にできちゃうんですよ。なんだ、できるじゃんって。障害のある人に対して『特別な配慮が必要だ』っていう固定観念が邪魔して、それ自体が障害になっているんです。そうして、普段の社会生活のなかでも、自分の方が固定観念で壁を作っていたことに気づく。ユニファイドスポーツでは、実際に活動しているアスリートとパートナーはもちろん、観戦している人たちにも同様のメッセージを伝えられる。非常に意義のあるものだと思っています」

島田 「本当にそうだと思います。障害者との共生って、誰もがテレビやSNSでなんとなく聞いたり見たりしているはず。でも、人間って臨場感ある場を経験するというか、体感しないと自分ごとにならないところがある。実際に一緒に障害のある方々とスポーツをすることで、『あれ、全然そんなことないじゃん』とか、『あ、こういうところは補ってあげないといけないんだ』って気づく。やってみないと分からないことなんですよね。だから体験型は絶対に必要だし、Bリーグはその場を作り続けていきたい。Bリーグの選手が自ら体験して発信すれば、ファンも普段なんとなく見ている情報よりは臨場感を持って見てもらえるのではないでしょうか。みんながみんな、イベントに参加できるわけではないので。選手たちを通して、うまく世の中に伝えて、知ってもらって、理解していただく。さらにそれがファンの行動変容にまでつながっていけば素晴らしいと思っています」

有森 「たぶん、知的障害のある子どもたちがバスケをやると聞いた時、みなさんは通常の動きとはまったく異なる動きするんじゃないかと想像すると思うんです。だから、『どうやって一緒にやればいいの?』ってなるんです。こう思うのは、実は先入観、思い込みがあるからなんです。たとえば、マラソンの知的障害者の世界記録ってどのくらいか知ってます?クラス別で違いがありますけど、男子は2時間20分前後なんですよ。健常者の世界記録が2時間1分39秒なんで、比較して驚く人が多い。驚くということは、そんなに速いはずがないって思っているということですよね。3時間はかかるよね、みたいな。同じような先入観が、何をやるにも最初に来る。バスケも、『何か特別なルールがあるの?』という質問が来ました。障害の何が一番障害かって、こういう思い込みです。彼らが持っているものじゃないんです。バスケのプロ選手と一緒にプレーできる姿を見せることは、そんな壁をぶち破る最高の機会になっています」

有森裕子理事長×島田チェアマン対談

島田 「私も何回か試合を見ましたけど、誰が障害者で誰が健常者なのか、まったく分からない。遅れて会場に入った時、先入観なく見ていて、普通にアンダー世代の前座試合だと思ったんです。あとでユニファイドのスペシャルゲームだったって聞いて、驚きました。全然分からないねってスタッフと話した記憶があります。有森さんがおっしゃった通り、日常生活においても我々の意識の壁、先入観の壁が、そもそも大きいんだろうなと実感しました。スポーツがそういう意識を消すきっかけになれば本当にうれしいです。きっかけ作りの場をいただけるのは、我々としてもありがたい。何より、影響力ある選手たちがそういう感覚を持てるというのは大きいことだと思います。最近はもっと社会に貢献したいっていう選手がBリーグのなかでも増えてきて、個人的に活動する選手もでてきました」

有森 「社会貢献活動をしたいけれど、何をしたらいいか分からないという選手もいます。特に、知的障害のある方々にどう接して良いか分からない選手もいるかもしれませんが、そんな時に私たちが彼らをつなぐ橋になれればと思っています。表舞台がないとなかなか選手に知ってもらうこともできないので、やはりBリーグさんと組んで活動できていることはありがたいです。私たちが活動の広がりを作りつつ、選手の意識が活性化されていくのであれば、これ以上のことはないと思います」

――今年は新型コロナウイルスの影響で、知的障害者のあるアスリートにもいつになく日常的なストレスがかかっている状況です。ユニファイドの活動も制限されているなか、どんな苦労がありますか。

有森 「知的障害のある人たちは、コロナがどれくらい危険なものなのか分からない人もいます。マスクを嫌がる人もいる。こちらとしても、どんな症状が出るか、重症化の危険性がどのくらいあるのか、正確な情報がなかなかない。安心安全を優先した時に、活動を一気に自粛させるしかありませんでした。ただ、いつまでも何もやらないわけにはいかない。そこで、オンラインイベントに挑戦することにしました。初めは、リアルとは全然違うだろう、という思いがどこかでありましたが、実際にやってみると良い面もあった。目から鱗だったんですけど、現場を作ってしまうとそこに行けない、取りこぼされてしまう人たちの方が多い。一方で、オンラインならどんな人たちも今居る場所から参加できるんです。通常のマラソン大会だと、カテゴリーがなかったら参加できないのが現状ですけど、オンラインになったとたん、参加のハードルが下がって、障害のある人でも参加しやすいことが分かりました。現場があることが絶対っていうのも、おかしいって、新たな発見でした。今後の社会においても採り入れるべきです。もちろん、リアルの良さは絶対的で、替えられないものがある。ハイタッチやスキンシップは大事だし、できないのは残念。バスケもそうですよね。ただ、そればっかりじゃないこともあるなって。特に知的障害のある人たちは、現場に行くのが難しい人も多いので。オンライン上で北から南まで全国をつなげられる、この手法は今後も生かしていきたいと思っています」

――コロナは活動を止める理由にはならないということですね。

有森 「ならないですね。今やっているオンラインマラソンは、10月から12月までの約2カ月間で、みんなの走った距離を加算して日本一周しようというのが最初の目標でした。やってみたらあっという間に達成しちゃって、今は世界一周を目指して、みんなで頑張って走っています。」

島田 「すごいですね」

有森 「おもしろいのは、知的障害のあるアスリートの運動量を減らさないように企画したのが出発点なんですけど、スポンサー企業のみなさんも社内で部署ごとのグループを作って対抗戦を始めたり、企業同士で競い合ったりと、楽しんで参加いただいています。。現場がないことで自由な発想が出てきました。今まであまりにも視野が狭すぎたのかなとも思います。勉強になっているんですよ」

島田 「確かにリアル、ライブの素晴らしさは根源的ですけど、この状況ではイベントには限界がある。オンラインはコロナがくれた気づきですよね。両方を武器として持てるようして、今後はハイブリッドでやっていくことが大事だと思います。我々もこれまでは会場に行ってなんぼで、入場者数で競ってきましたが、今は視聴数を価値として見いだしています。スマホで試合を見るニーズに応える方向に、かなりかじを切りました。それによって、今まで会場に来ていなかったバスケファンを新たに獲得できた部分もある。思わぬマーケット拡大です。我々のようなプロリーグのなかでもそういう気づきがありました。不思議ですよね。コロナのせいで絶望的な思いにもなりましたけど、意外と捨てたもんじゃないっていうことがある」

有森 「捨てたもんじゃないですよね。案外、気づいていたけど見逃したり、後回しにしていたりしたことにちゃんと向き合えって言われたような時間かなって。もちろん、そんなことは言っていられない医療現場や経済状況もありますけど。それでもこの時間に可能性を見いだせることがあるなら、それを大事にしたい。次につなげられる組織でありたいと思います」

島田 「コロナ禍で、選手たちの発信力も見直されました。『ステイホーム』や『手洗いうがい』といったメッセージをSNSで積極的に発信して。昨季はレギュラーシーズンの3分の1を未消化のまま終了してしまったんですけど、試合がなくなってもなんとか社会の役に立とうと行動してくれたんです。家でできるボールの扱い方やトレーニング方法も自発的にアップしていました。外出自粛期間はバスケができなくなった子どもたちがたくさんいて、自宅で鬱々していたと思います。そこに選手たちがメッセージを送ろうと行動してくれたのは、本当にうれしいことでした。有森さんのように誰もが知る有名選手はまだそんなにいるわけではないですけど、多くの選手がやったことでBリーグという塊の力が生まれた。その影響力は大きいなとは思いました。個々では小さいけれど、みんなで何とかしようと行動した。すごいエネルギーだなと思いました。ユニファイドの活動も同じようにリーグとしてやっていけば、すごい影響力になると信じています」

――新型コロナウイルスの感染拡大が続くなかでもユニファイドスポーツの活動を続けていくために必要なものは何でしょうか。

島田 「イベントだけで考えたら、できなくなっている。できないからすみませんって断るのではなく、オンラインでチャレンジすることで新しい発見をしていきたい。これまで届かなかった人たちに届くようになりました。活動を続けていくためには覚悟も必要だし、デジタル面での環境整備も必要です」

有森 「大なり小なり発信を継続していくことだと思います。今は人々の関心が最も発信に集まっていますから。これまでは現場でのリアル感が一番の関心だったんですけどね。興味を持つ人が増えているので、そこをフルに取り込めるよう、工夫が必要だと思います。発信をやめるのは簡単ですけど、すぐに忘れられてしまいますからね」

島田 「我々も、選手たちがせっかくこういう機会をもらって意識と知識が高まっているので、接点がなくなることでまた薄れてしまうことは避けたい。オンラインしかできないとしても、やり方を考えながら共に活動を続けていきたいと思います」

※インタビューは朝日新聞との連載企画です。

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