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2025.09.06

三遠ネオフェニックスの大野篤史ヘッドコーチに息づく『For ALL』の精神(後編)「生きた証がほしい」

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大野篤史

「『優勝します!』とは言えません」

今シーズンも優勝候補の筆頭と言って良い戦力、そして組織を作り上げている三遠を率いる大野に「今シーズンこそ優勝できますか?」と少しふっかけた質問をすると、「目指すものは変わらず 『支えてくれる方々に喜んでもらうこと』です」と、これまでと変わらない姿勢を示した。

「これは昔からよく言っていることだけど」と前置き、大野は続けた。

「人は良いモノを見たらもっと良いモノを見たくなる。それは人としての性。だから昨季よりも良いバスケットをして、良いファンサービスをしなくてはいけない。豊橋市にもっと良い貢献をしなくてはいけない。それができるようなチームになりたいです。自分たちがちょっと強くなったからといって同じバスケットで満足してもらえる、同じファンサービスで満足してもらえるということは絶対ない。僕たちはベストを尽くします。常に最後までベストを尽くすから満足してもらえる。そういうチームであり続けたいです」

では、満足してもらうにはどんなチームになる必要があるのか。

「自分が面白いと思わないモノを、人も面白いと思わないと思っています。自分が面白いと思うバスケットはペースが早くアグレッシブなディフェンスをするバスケット。昨季のようなバスケットを展開しなくてはいけないと思っていますし、そのクオリティをもっと上げていかなくてはいけないのですが、どこをこだわらなくてはいかないかといえばディテールです。ディテールにこだわるためには、目の前の一つひとつの事象にこだわらなくてはいけません。『これはわかっているだろうから省略しよう』というようなスタイルで練習をしているとこだわれないし、クオリティは向上しません。練習中からリラックスさせないように仕向けています」

大野は「『優勝します!』とは言えません。なぜならそこにはコミットできないから」と言った。そして「ただ『最後までベストを尽くす』ことは約束できます」とも言った。

「遺すというのは難しい作業」

「自分のために頑張る者よりも人のために頑張れる者のほうが強い。最後は絶対にそうだと僕は信じています」

大野は球団リリースや勝利者インタビューで、クラブが所在する豊橋の方言を使ってコメントを残すことが多い。その理由を尋ねると返ってきた言葉だ。

大野は広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチ時代に、プロ野球球団の広島カープが地域に根差し、世代を超えて愛される存在であることを肌で感じ、プロスポーツクラブが存在する意義を改めて考えさせられた。地域の人々にとって生活の一部となるためには、まず自分たちがその土地を愛することが欠かせない。その象徴の一つが方言であり、地域に寄り添う姿勢そのものだと考えたのだ。実際に初めて方言を使ってヒーローインタビューをした時、観客からは驚きの声と笑顔が見受けられた。

そういった積み重ねで応援される存在に近づくことができれば、『その人たちのために頑張ろう』という気持ちも強くなっていく。

最近、大野はヘッドコーチという仕事をしていて思うことがあるという。

「生きた証がほしい」

この言葉を聞いたとき、思わず驚いた。筆者は千葉J、三遠で大野と仕事をしてきたが、初めて聞いた言葉だったからだ。

「勝つことは一過性の思い出です。『遺す』というのは勝つこと以上に難しい作業だと思っています。自分がこのクラブを去った後に豊橋に訪れて、クラブが地域に根差し、応援され、そして支えられるクラブになっていたら、それが自分が仕事をした証になる。そこまでやりきれたら、気持ちや道のりをプレーヤーやファン、スポンサーさん、コーチやスタッフとも共有できる。一緒に努力した仲間や、その先にいるずっと支えてくれている人たちと一緒の思い出を共有したい。そういうことが人生にとって素晴らしいことなのだと思っています……すごくエゴイストな人に映るかもしれないけど(笑)」

最後は恥じらいを隠すように笑ったが、筆者は大野の発言にエゴを感じなかった。大野はよく「評価は自分でするものではなく、人がするもの。そしてリスペクトも求めるものではなく、されるもの」と言うが、この言葉を借りれば、すでに大野はたくさんの人々から評価され、生きた証の一つを手にしていると思っているからだ。

それは千葉Jでの数々の優勝もさることながら、在任中に作り上げたチームカルチャーが物語っている。

『Be Professional』。プロとは何か。Bリーグが発足して以来、多くのプロ選手、スタッフが誕生した。それまでは多くの関係者が企業に所属し、会社から給料をもらってバスケットに従事する立場だったが、今は、ファンが購入してくれたチケットやグッズ、ファンクラブの会費、スポンサーからの資金など多方面から支えられる立場へと変わっていった。

支えてくれる人たちのためにどのような振る舞いをするのか。そういったプロ選手としての考え方の礎は確実に受け継がれている。クラブが変わっても大野の指導を受けた選手の多くがトップチームで活躍を続けていることが、それを証明している。

大野は言う。「誰かのために頑張れるという思いがないところでは働けないです。勝ち負けという結果も大事なことだし、変わらないといけないこともある。でも変えてはいけないこともあるんです」。そしてその「変えてはいけないこと」こそが、『For ALL』の精神に繋がっていく。

チームカルチャーを積み重ね、昨シーズンから欠けていた部分を補い成熟期に入っている三遠は、優勝という言葉にとらわれることなく、応援してくれる人々のために全力を尽くし続ける。