勝利よりも大切な“信念“…福島ファイヤーボンズ・渡邉拓馬GM「経験を提供することが自分の役割」

福島県出身の渡邉拓馬氏が地元クラブの再建に挑んでいる。2024-25シーズン限りでB1京都ハンナリーズのGMを退任し、低迷していたB2福島ファイヤーボンズのGMに就任。「根本から変えなければ変わらない」と、就任早々にチームの血を入れ替える大改革に踏みきった。
迎えた2025-26シーズン、福島は白星先行の好スタートをきっているが、 渡邉GMは “勝利よりも大切なこと“を追い求めてチームと日々向き合っているという。アルバルク東京でのフロント経験と、京都でGMを務めた4年間を経て作り上げられたGM観とは。インタビュー後編では渡邉GMの“揺るがぬ信念”に迫る。
インタビュー=藤田皓己
写真=鷹羽康博
◆■勝敗に偏らない“GM観“を作り上げた経験
――開幕から白星先行の好スタートです。手応えはありますか。
渡邉GM 手応えとしては悪くないと思います。進んでいる方向も間違っていないし、立て直せる自信もあります。ただ簡単ではないと日々感じていて、試合の結果の善し悪しではなく、GMとしての人との向き合い方が難しく、学ぶことが多いですね。自分がどうあるべきか、自分が感じたことをどこまでどのようにして伝えるべきなのか、そのバランスが難しい。誰かに相談できることでもないので、感じて、学んで、新たにアンテナを張る、という繰り返しです。自分にとっては本当に学びが多い日々です。
――“学び“を感じる瞬間とは、どういった瞬間なのでしょうか。
渡邉GM 選手やスタッフが新たな環境で抱える悩みや不安を自分に吐き出してくれることが多々あります。そこで自分は、彼らが次のステップに進めるような言葉やアドバイスを与えることができるか、というのがGMの仕事だと思っています。そういう人たちと向き合う経験は貴重であり感動的なんですよね。 当然、Bプレミア参入というクラブが掲げる目標と、チームを勝たせる編成をしなければいけないという2つの仕事が目の前にあるのですが、そこに留まらない役割がGMにはあると考えています。
――GMの仕事はファンからは見えづらい部分かと思います。渡邉GMの中にある“GM像”はいつ固まったのでしょうか。誰か参考にされている方はいますか。
渡邉GM 特に参考にしている方はいないですね。京都のGM就任前、3x3をやりつつアルバルク東京のフロントで学ばせていただいて、バスケットボール普及活動やホームタウン活動で色々な方と関われたことが大きかったです。社長、スポンサーの方、GM、トヨタの方、地域の先生方や子どもたち、父兄の方々と交流をして、人にとっていちばん大事なことは何なのかということを感じました。
[写真]=鷹羽康博
当時はバスケットボールをどう普及していくかを考えていましたが、父兄の方の話を聞くとパワハラ問題の話も出てきて、人に序列が付いてしまっているような状況があることにあらためて気づいてしまった。でも、人は役割が違うだけで、人としての価値は同じだと実感しましたし、それを伝えられるGMになりたいと思ったんです。
試合の勝敗よりも、京都では「京都に来たから自分が変われた」とか、「京都に来て価値観が変わった」とか、選手やスタッフがステップアップできる経験を提供することが自分の役割だと思っていました。もちろんGMは結果が求められる立場ですが、そこばかりを見ていると足元をすくわれるような気がしましたし、自分がやっている意味も無いなと。その信念は変わらず伝えていきたいなと思っていますし、福島のGMとなった今も継続しています。
――選手出身のGMなので、ここまで勝敗に偏らない視点を持たれているのは意外でした。
渡邉GM バスケットボール選手だから、サラリーマンだからとか関係なく、人としてチャレンジする時は、生きがいややりがいがなきゃいけないと思っていますし、そこにどれだけ情熱や覚悟を向けられるかが大事だと思います。自分がそれに気づいたのは現役引退後でした。
引退直後は“したいこと“がない状況のままアルバルク東京のフロントで働いていたのですが、情熱や覚悟がないとまともに業務をこなせない。若い方が「したいことがない」という話を聞くじゃないですか。それと同じような状況でした。充実感もないし、生きた心地がしないし、なんのためにここにいるのかなと、38歳のときに感じました。大きな組織にいたら甘えてしまうと思ったので、2019年をもってアルバルクを退社したんです。
そういった経験があって今の自分がある。どれだけ目の前のことにやりがい、情熱をもってできるかだと思うんです。選手という立場に置き換えたら、そういった思いがなければプレーも変えられないし、キャリアも変えられない。クラブだったらチームを変えられません。まだまだ学びながらですが、自分もその思いがなければいい人を集められないですし、ファンの方やスポンサーの方にも伝わらないと思ったので、まずは自分自身がその姿勢を示すことが大切だと思っています。
◆■「忘れてはいけない」福島の存在意義
――前編で「慣れ」は良くないというお話をされていましたが、どのような瞬間に感じたのでしょうか。
渡邉GM 昨シーズンのホーム開催の横浜ビー・コルセアーズ戦、たくさんのお客さんが来場したなかで、チームも良い勝ち方ができたことがありました。その時に「もう自分が汗をかかなくても京都は大丈夫なのかな…」と、ふと感じてしまったんです。京都も最初は今の福島と似たような状況でしたけど、実績ある選手が揃ってきて、結果も伴ってきて、お客さんもたくさん来てくれるようになった。それを見たときに京都では一区切りかなと。人間って一度緊張感がなくなると良いことは起きません。その瞬間に危機感を覚えました。
[写真]=B.LEAGUE
――京都で優勝やCSを目指す選択肢はなかったですか。
渡邉GM もしかしたら“逃げ”だったのかもしれませんが、気持ちが満たされてしまった感覚がありました。選手として優勝した経験もあるので、その先を目指すのは簡単じゃないとも思っていましたし、GMという立場上、優勝やCSはゴールではないとも感じていて、もっと深いところにGMの役割があるんじゃないかと日々感じています。選手時代に学んだことを、後進に伝えていくサイクルをつくるのが責任だと思っています。考えれば考えただけ仕事が増えていきますね…(笑)。でもそういうスタイルで仕事をしていきたいと思っています。
――クラブとしてはBプレミア参入の目標がありますが、渡邉GMが福島で成し遂げたいこと、目標はありますか。
渡邉GM 福島とは複数年契約を結んでいただきました。当然、クラブの目標である2029-30シーズンのBプレミア参入を目指しますし、将来的に福島にビッグクラブが来て試合をしているイメージもします。ただ、一番考えているのは、福島ファイヤーボンズが震災後に生まれたクラブであるということ。最も大切なのは、震災で影響を受けた方々や子どもたちにバスケットボールを通じて何かを伝えるということがクラブの軸となっています。これを忘れてはいけないと思っています。福島県全域から観に来てくださる方々が「何も感じない試合」だけは絶対にしてはいけない。泥臭くボールを追いかけて、見た人が明日への力や夢を持てるようなきっかけを与える存在にならなくてはいけないです。試合後にそうしたメッセージが一つでも多く生まれるチームに変えたい。それが自分たちが目指すべき最も大事なゴールです。
[写真]=鷹羽康博
――京都時代とはクラブが置かれている状況も違いますし、向き合い方も変わってきますね。
渡邉GM 京都は初めてGMをしたクラブで、初年度の2021-22シーズンは16連敗もしましたし、コーチや選手たちには迷惑をかけて申し訳なかったです。そこから自分も学んできました。今はイチから作り直す段階で、チームに来る人材も京都と福島では違います。何かを伝えるときは言葉を多めにしたり、行動でも示したり、背景も具体的に伝えていかなきゃいけない。ただ、それが自分のやりがいでもあり生きがいでもあります。こうした現場を目の前で見られるのは貴重なので、どうにか力になりたいし、この経験が自分の学びにもなっています。
◆■Bプレミア参入へ一歩ずつ…福島にカルチャーを
――Bプレミア到達に向け、今の福島に必要なことはなんでしょうか。
渡邉GM 一人ひとりの情熱や覚悟、「バスケットボールを自分の生きがい」とどこまで思えるか。そこが変われば試合内容も変わると思うし、試合を見たファンやスポンサーの見方も変わる。そこが変わらないままBプレミアに行くことは避けるべき。目先のことだけ追いかけたら足元をすくわれるので、しっかりと基盤を作って、Bプレミアに参入したときに歴史あるクラブと互角に戦えなきゃいけない。チームだけでなく、フロントやファン、スポンサーも一丸となって取り組まなきゃいけない。その新たなスタートのきっかけに自分がなれればいいなと思います。
――GM就任1年目のシーズン、どのようなファイヤーボンズをファンに見せたいですか。
渡邉GM 簡単に「応援してください」と言えないのが現状の福島だと思うので、一戦一戦、一つのイベントも含めて、選手とクラブの思いを伝えなきゃいけないし、クラブとしても結果を出さなきゃいけない。簡単ではないのは事実ですが、素直な思いや情熱を伝え続け、一つずつ変えていけば、見方が変わって、気づけば「福島の週末の楽しみ方はファイヤーボンズ」という文化になると思います。まだ我慢は必要ですけど、自分も信じて進んでいくので、厳しい言葉をかけつつも温かい目で見守っていただけるとうれしいです。
[写真]=B.LEAGUE
――最後にファンへ伝えたいことはありますか。
渡邉GM 福島のファンの方は優しいですね。SNSでも過度に厳しい声は多くない。ファンの数も少ないのが現状かなとは思うんですけど、厳しい言葉も含めてスポーツだと思っているので、自分は厳しい言葉も受け止め、学びにしたいと思っています。正直な発信を歓迎しますし、それが福島のためになります。オープンに楽しんでもらえたらなというのが率直な思いです。