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2026.03.24

ユースの現場をいかに守るのか? B.LEAGUEが踏み出した「選手への救命講習」という最適解[SCS推進チーム]

  • 月刊バスケットボール

トップからユースへ、現場の“即応力”を繋ぐB.LEAGUEの連鎖


「2028年までにプロ選手を50名輩出する」、さらに「2032年までにNBA選手を輩出する」。いずれもB.LEAGUEユースでの目標である。育成ガイドラインの策定やコーチ養成プログラムの実施に向け、2025年に「B.RAISE PROJECT」を立ち上げるなど、B.LEAGUEはユース育成に本気だ。結果として、ユースのレベル、強度が高まっていることは間違いない。一方で、それは同時にケガや重大なスポーツ事故のリスクが高まることも意味する。この側面に対し、B.LEAGUEは決して目を背けていない。むしろ、競技力向上よりも最優先されるべき前提条件として、安全体制の構築に全力を注いでいる。その中心となって動いているのが、「SCS推進チーム」である。

2023年7月に立ち上がった同チームは、命を守る(Safety)、選手稼働の最大化(Condition)、パフォーマンスの向上(Strength)という3つの理念を掲げ、多分野のスペシャリストの知見を結集してB.LEAGUEの環境整備を進めている。中でも重視しているのが、「Safety(命を守る)」。トップチームにおいては、「EAP(エマージェンシー・アクション・プラン=緊急時対応計画)」が策定され、各アリーナでの備えが義務化。さらにスポーツ現場特有の応急処置を担う「SFR(スポーツ・ファーストレスポンダー)」の導入が進められてきた。それでも、体制を構築するだけでは人命を救うことはできない。SCS推進チームとして、キーパーソンに挙げるのはチームに最も近い位置にいるアスレティックトレーナー(AT)と試合の前線にいる興行運営担当者。両者が連携して迅速なEAP発動を行うことで、最悪の事態が起こる可能性を下げることができる。加えて日本ストライカー株式会社から提供されたAED(自動体外式除細動器)、松吉医科器械株式会社よりストレッチャーも各クラブに支給。ヒト・モノ・体制のアップデートが着実に進められている。


2025年7月にB.LEAGUE Safety program「SFR養成講習会」を実施

さらなる安全体制のレベルアップを図るべく、B.LEAGUEは今季より日本ストライカー株式会社と「B.LEAGUE Safety program」を共同で展開している。2025年7月には全クラブのATと運営担当者を集めたB.LEAGUE Safety program「SFR養成講習会」を実施。大観衆や暗転など、アリーナ特有の混乱の中でも、スタッフ同士が連携して命を救う“即応体制”の徹底が図られた。トップチームへの安全体制の浸透が一定の成果を上げる中、SCS推進チームの視線は次なるフェーズ、B.LEAGUEユースへと向けられた。

大人が少ないユース現場が抱える切実な課題


さらに2025年9月には、B.LEAGUE Safety program 「ユースAT向け安全講習会」を開催した。これはユースチームに所属するATを一堂に集め、救急対応や安全体制に関する知識をアップデートする画期的な試みである。




ユース版の「SFR養成講習会」も2025年9月に実施した

ユースの現場には、トップチームとは異なる特有の難しさがある。B.LEAGUEのユース強化・育成担当である榎本芽衣氏は、横浜BCや富山のユースなどでATを務めていた経験も踏まえ、「私が現場にいるときも痛感していましたが、ユースはトップチームに比べて大人の数が少ないです。子どもたちに何かあったとき、限られた人数でどう対応するのか。機材も人も充実しているとは言えない中でどうしていくか、常に悩ましい問題です」と現状を指摘する。また、仙台89ERSのU15・U18でATを務める南那菜氏も、「ユースのレベルが上がるとともに、フィジカルコンタクトも激しくなっています。身体ができていないのにハードなプレーをするなど無理をしてしまうケースも見られ、危険度は高まっていると感じます」と現場のリアルな危機感を明かす。


仙台89ERS U15・U18でATを務める南那菜氏は現場での危機感を語った

このような環境下において重大な事故が発生した場合、ATが一身に背負う負担と責任は計り知れない。同講習会では、現場を想定した実践的な救急搬送訓練が行われ、南氏も「一般向けの講習では学べないことばかりで大変勉強になった」と振り返り、チームに戻ってからのフィードバックに意欲を見せている。

1人たりとも命を落とすような事故は起こさせない——そのために、榎本氏はAT自身の地位向上も不可欠だと指摘する。
「クラブにおいては依然としてコーチが上でATが下という構図が残っています。どちらも専門家ですから、ATもコーチもその他のスタッフも対等な立場として選手を見る体制を作る必要があります。選手の育成と強化においては、子どもの発育や発達といった成長過程を理解したうえでアプローチしないと、バスケの技術だけを磨いても必ずつまずきます。クラブやコーチが、ユースのATの専門性を認めてくれる状態を作ることが一番の成果だと考えています」

選手自身も“自分事”にしていく施策


大前提として、子どもたちの安全を確保するのはクラブや大人の責務である。SCS推進チームも「事前のEAP(緊急時対応計画)や体制づくりを通して、基本的には大人が子どもたちを守る」という考えだ。しかし、ユースの現場では大人の数が少ないという事実もある。そこで、SCS推進チームはこれまでの取り組みに加え、「選手自身にも有事の際の対処について学んでもらう」というアプローチを打ち出した。
同チームをけん引する数野真吾氏は、講習会の場で「ユース現場の『大人が少ない』という問題をどう解決するか。その答えの一つが、選手たちの手も借りられる状態を作ることです。大人が救急要請の電話をかけている、また胸骨圧迫をしている間に誰がAEDを取りに行くのか。選手たちが胸骨圧迫を行える、AEDを取りに行けるだけでも、皆さんの負担は大きく減り、チーム全体が助かる道が開けます」と呼びかけていた。選手の協力は大人たちの責任を転嫁するものではなく、大人の対応を補完し、より強固なセーフティネットを築くためのものなのだ。

このアイディアは、早くも現場で実践に移されている。すでに複数クラブでも取組みが広がる中、今年2月には、アルバルク東京U18の練習場にて、日本ストライカー株式会社と協業して推進するプロジェクトの一環として、NPO法人スポーツセーフティージャパンの講師を招き、選手たち自身がCPR(心肺蘇生)の実践やAEDの使い方、症例評価を学ぶB.LEAGUE Safety program「Bユース AED講習会」が実施された。

SCS推進チームの一員であり、NPO法人スポーツセーフティージャパン代表理事を務める佐保豊氏(松吉医科器械株式会社TEAM SUPPLY事業部)は、「トップチームで起こることはユースでも起こり得ますし、同じ危険性が潜んでいます。B.LEAGUEではATが中心となってリスク管理を行いますが、大人が少ない場合でも正しいアクションを起こせることは非常に大事です。選手自身も一緒になって、お互いを守る一員を担う。学校の授業だけでは実践しきれない部分を我々が補うことで、選手たちはモチベーション高く受講してくれています」と講習の意義を説明。さらに「有事の際の対応は、いずれ身近な人を守るアクションにも繋がっていきます。今後も日本ストライカーのサポートを受けながら、こうした『B.LEAGUE Safety program』を通じた講習をユースや草の根、部活動へと広げていきたいですし、一人でも多くの人に講習を受けてもらい、社会貢献につなげることができれば非常に意義があると思っています」と取り組みの先にあるビジョンを見据えている。

 
「安心・安全が全ての土台」と語るA東京U18のAT髙台周希氏

こうした取り組みに対し、A東京U18のAT髙台周希氏は、「私たちは安心・安全を一番の基盤とし、その上に教育があり、さらにその上に競技力が積み上がるという考えを大切にしています。選手が主体性を持って講習に取り組んでくれたことは非常に心強いです。ただ責任は絶対に私たち(大人)にあるので、スタッフはもちろんですが、全員で選手の安全を守り、そのうえで競技力を高めていく体制を継続したいと考えています」と安全への強い信念を口にした。
 実際に胸骨圧迫などの実習を行った大倉拓実選手(A東京 U18)は、意識に大きな変化があったと語る。「いざ自分がその場に居合わせた際、どう手順を踏めばいいのか具体的なイメージは湧いていませんでした。今回、実習を重ねてみて、自分たちにもやれることがあると気づけました。人を助ける勇気を持ち、周囲と協力、連携しながら救護を行いたいです」。
コート上で共にプレーするチームメイト、対戦相手の命を、自分たちも積極的に関わって守る。“自分事にする意識”の醸成こそが、どんな整ったマニュアルにも勝る最強のセーフティネットとなる。


A東京U18の大倉拓実選手は「人を助ける勇気を持ちたい」と語った
 

世界のトップクラブも称賛するB.LEAGUEの先進性


こうしたB.LEAGUEの取り組みは、海外のトップクラブの目から見ても非常に先進的であり、驚きをもって受け止められている。今年2月に開催された「インフロニア B.LEAGUE U18 INTERNATIONAL CUP 2026」。海外から招待された2チームの代表者も、B.LEAGUEが推し進める安全体制に賛辞を惜しまなかった。オーストラリアのVictoria州選抜U18で代表を務めたドミニク・リノシエ氏は、「B.LEAGUEが選手や関係者のために、それほど高いレベルのケアを提供していることは素晴らしいです。(AED講習などへの注力は)ユニークでメリットの大きな取り組みだと思います」と発言。自国にも政府による支援プログラムがあるものの、B.LEAGUEのそれまでには至っていないと取り組みを高く評価した。
また、ドイツ・ALBA Berlin U18の代表ラウル・ロドリゲス氏も自国との違いに言及。「ドイツのトップリーグ(BBL)では両ベンチへのドクター配置が義務付けられ、ユース(NBBL)でもフィジオ(理学療法士)の配置とAED設置がルール化されています。ただ、ユース選手自身にもAEDや救急対応を学ばせているB.LEAGUEの施策は、本当に素晴らしい取り組みです。人命救助の方法を知る人が増えるのは、明らかに有益です。ドイツの場合、コーチには毎年の講習が義務付けられていますが、選手まで講習を受けさせません。とても素晴らしいアイディアだと思います」とB.LEAGUEの先進性に賛辞を贈った。

冒頭で紹介したとおり、「2032年までにB.LEAGUEユースからNBA選手を輩出する」という目標がある。これを実現するための正解はない。ただ成長期にある子どもたちの身体を守り、取り返しのつかないケガを防ぎ、万が一の事態には確実に対応できる命とキャリアを守るシステムは間違いなくプラスとなる。
トップチームでのSFR導入から始まり、ATや興行運営担当者への講習会実施、そして選手たちによる救命講習の受講を促してきたSCS推進チーム。張り巡らせようとしているセーフティネットは、確実に分厚さを増している。いざという時にためらわず行動できる“即応力”を持った選手たちが育つ環境。それはプレーヤーとしてだけでなく、一人の人間としての大きな成長も促すものである。

協力/B.LEAGUE

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