【Bリーグファイナル】契約第1号選手が辿り着いたB1チャンピオン、松本健児リオン「拓摩さんとの出会いが私の人生を変えた」

「『優勝する組織になるだろうな』と思いました」
Bリーグチャンピオンシップファイナル2025-26は長崎ヴェルカが琉球ゴールデンキングスを下し、クラブが掲げた『創設後5年以内でのBリーグ制覇』を達成した。
長崎は『ポジションレスバスケ』を展開し、その名の通り登録ポジションや身長、従来のプレースタイルにとらわれない戦法で、今シーズンのBリーグに新風を吹き込んだ。レギュラーシーズンでは47勝13敗でリーグトップの勝率を叩き出し、チャンピオンシップではセミファイナルまで他を寄せ付けずスウィープでファイナルまで勝ち上がった。ファイナルでも第1戦こそ2点差で敗れるが、その後は強みを生かして逆転で栄冠を勝ち取った。
その長崎において他クラブからすれば異色の起用法に応えていたのが、松本健児リオンだった。彼は183cmのシューティングガード登録ながら、スモールラインナップのセンターポジション起用に応え、重要なハブ役を担った。その松本は長崎の契約第1号選手でもある。
松本は西宮ストークス(現・神戸ストークス)で特別指定選手としてBリーグデビューを果たし、バンビシャス奈良で3シーズンにわたってプレーした。しかし奈良との契約が満了した後、所属クラブがないシーズンを過ごすことに。転機が訪れたのは長崎のトライアウト参加だった。長崎は前身となるチームが存在せず、ゼロから作り上げたクラブで、選手獲得のためにトライアウトを実施。ここで伊藤拓摩ヘッドコーチ(現・社長兼ゼネラルマネージャー)の目に留まった松本は晴れて長崎のチームの一員となった。
松本は長崎に加入した時を振り返り「最初に拓摩さんにチームのビジョンを聞いた時に、『あ、このチームだったらいつかは優勝する組織になるだろうな』と思いました」と、確信めいたモノを得ていたと言う。その長崎は初年度からB1で活躍していた選手を獲得し、B3チームとは思えない補強で最短昇格の道をたどった。
そして、成長を続けたのはチームだけではなかったと松本は言う。「開幕戦の時は応援の仕方も皆さんは分からない感じで、なんか戸惑いながらやっていましたが、1年ごとにお客さんも慣れてきて応援の文化が根付いていきました」。1888名が駆けつけた長崎県立総合体育館での初めてのホームゲームから月日は経ち、ハピネスアリーナが誕生して、今シーズンは毎試合のように超満員のファンがシックスマンとして長崎を後押しした。「プレーオフは本当にすごい歓声で、毎年毎年ヴェルカは成長してきているということをすごく感じています」

「ヴェルカでプレーできていることを誇りに思います」
話を松本に戻すと、今シーズンの彼は先に書いたように本来のポジションでの起用ではなく、役割も特殊だった。それでも優勝チームのローテーションに入ったことは胸を張るだけの価値がある。だか、松本はプレータイムや試合に出場できているかどうかということには、こだわりを持っていなかったと話す。
「もちろん試合に出させてもらっているのはありがたいことですが、プレータイムや試合に出る出ないということは、あまり気にしていません。試合に出た時に、ちゃんと自分の仕事をしようというマインドセットを意識し、それができているからチャンスをもらえているのだと思います」
「今シーズンは僕が5番をやったり、これまで前例が無いようなことをメインにしていましたが、それが相手チームに効いていると感じていたので、こういうチャレンジができる機会を与えてもらったモーディにすごく感謝しています」
新たなスタイルを確立して優勝を勝ち取った今、松本はあらためてこれまでの足跡を振り返り、感謝を示した。
「拓摩さんとの出会いが私の人生を変えたと言っても過言ではありませんし、私はそう思っています。本当に拓摩さんもそうですし、このクラブには心から感謝しています」
Bリーグでプレーするも一時はプレーする機会を失った苦労人は、長崎の契約第1号選手としてクラブとともに成長し、5年計画を完遂した。これからは今見える景色を確かなモノにすべく、邁進していく。
「B1での優勝はチーム、長崎の皆さん、僕個人にとっても本当に大きいことです。この優勝を経てもっともっとこの長崎ヴェルカというチームのカルチャーを築き上げれたらなと思います」