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B.LEAGUE HERO's STORY「富樫勇樹」#2

~interviewer 小松成美~
第1回はこちら

第2回  Bリーグと日本代表の間で

不協和音から始まったシーズン

小松:
Bリーグ2018-19シーズンがスタートし、開幕スタートにつまづいてしまった千葉ジェッツ。日本代表からジェッツに富樫さんが戻った時、チームにはどのような空気が流れていたのですか。

富樫:
僕自身、戸惑うほどでした。今シーズンちょっとヤバいんじゃないか? このまま噛み合わないのでは、という雰囲気がかなりありました。

小松:
千葉ジェッツのような強豪チームが、噛み合わないというのはどういうことが起きていたのでしょうか。

富樫:
チームスポーツというのは、個人で打開できないですし、コートに立つメンバー全員で打開していかないと組織が成り立たない。ですからチームの中で連携が取れてないとダメなんです。千葉ジェッツの場合は個というよりも、選手それぞれが1本のロープのように連動・連携して、一人一人が自分の仕事をこなしてチーム力で勝つという部分が強みなんです。2018-19序盤は、そこが徹底されていませんでした。雰囲気もよくないから、練習内容もきりっとしない。すべてが良くなかったんです。

小松:
2連敗したその後に、集中して練習するようになった、と話されていましたが、具体的には何をしたんですか。

富樫:
特別なことはしませんでしたが、次の試合は絶対に負けられないという気持ちを全員が持ったということは大きかったですね。実は、ホームで戦った三遠ネオフェニックスとの3試合目も全然ダメだったんですよ。試合には勝ったのですが、内容が酷かったんです。でも、三遠ネオフェニックスの2戦目、つまり4試合目からだんだんと内容が良くなってきました。

小松:
4試合目、目に見える戦術などを変えたりしたのですか。

富樫:
いや、戦術はそんなに短期間で変えられるものではないんです。むしろ、ずっと練習してきたことをひたすら繰り返し、チームのリズムを取り戻していった、という感じです。

小松:
そんな状況があったのですね。でも長いシーズンを考えたら開幕に危機感を抱いて軌道修正できたのが逆によかったのかもしれないですね。

富樫:
結果としては、確かにそうですね。でも、8ヶ月にわたるリーグを戦い抜くには開幕は本当に重要なんです。よい開幕の入り方をしたいという気持ちがありますから、開幕2連敗は気持ちの面で辛かったですね。これまでにない危機でした。

小松:
富樫さんが日本代表にいて、ジェッツにいなかったから、チームが噛み合わなくなってしまった、ということですか。

当たり前のことを全力で行うことの大切さ

富樫:
いや、そうではないですね。一番は、選手ぞれぞれの意識の問題だと思います。チームの力を最大限に発揮するために、当たり前のことを緻密に全力で行うことが重要だと僕は思っています。

小松:
チームというのは精密機械のようですね。チューニングが合えば素晴らしいプレーが続きますからね。連勝している時は、永遠に負けないような雰囲気になるんでしょうか。

富樫:
14連勝の時には、そうした雰囲気も出てきますよね(笑)。今シーズンのような勝率(52勝8敗)で1シーズンを終えるようなチームというのは、そうそうないです。それくらいの記録だと思っています。

小松:
ハイスコアで勝ち続けているとき、今度は勝たなければならない、という緊張感を持つものですか。

富樫:
そういう緊張感って、大切だと思います。が、2018-19シーズンは緊張感はあまりなかったです。それより、少し物足りなさを感じていました(笑)。

小松:
物足りなさ?

富樫:
たとえば30点差、20点差などの大差がついているときには、僕は第4クォーターに出場することは少なくなります。2018-19シーズン、半分ぐらいの試合で4クォーターはコートに立っていないんですよ。そんな時、ゲームに勝つことは嬉しいのですが、実際、心のどこかで物足りなさを覚えているんですよね。

小松:
贅沢な悩みですね(笑)。

富樫:
ジェッツは2018-19シーズン、開幕の川崎ブレイブサンダース戦での連敗と、宇都宮ブレックス、琉球ゴールデンキングス、アルバルク東京の4チームにしか負けてない。それほどチームが好調だったんです。

バスケをしていることの喜び

小松:
ずばり、千葉ジェッツの強さの要因は何ですか。

富樫:
10点差を30点差にできるチームだということ、だと思います。オフェンスのポテンシャルはリーグトップだと思います。

小松:
得点差を広げることが、何より相手の息の根を止めることになりますよね。第4クォーターをベンチで見ている富樫さんの気持ちは、どのようなものでしたか。「ああ、試合に出たい!」と思っているのでしょうか。

富樫:
いやいや、さっき物足りないとか言ってしまいましたが、実はとても幸せなんです。スタートから出場させてもらって、点差を広げて、第4クォーターではベンチにいて、仲間を信じて勝利の瞬間を待っている。選手として、これ以上の幸せはないです(笑)。勝っているゲームを眺めているのは、すごく嬉しいし、楽しいですよ。

小松:
幸福だからこそ、次にも良いゲームが出来ますね。

富樫:
はい、もちろんそうです。今までの人生で、僕がバスケットで「楽しい試合」だと思える試合数と、2018-19シーズン中の「楽しい試合」の数が同じくらいでした。本当にいいゲームが多かったです。最高に楽しい一年でした。最初の2連敗と最後の一試合を除いては。

小松:
2019-20シーズンの戦いが待ち遠しいですね。富樫さんの「楽しい試合」がますます増えることを願っています(笑)。

富樫:
ありがとうございます。

小松:
アルバルク東京はじめライバルチームと優勝を争うのでしょうが、各チームで気になる選手、マークしている選手などはいますか。

富樫:
僕はこれまで、チームでも日本代表でも、年下の選手があまりいなかったのですが、26歳になって年下の選手も増えてきました。その中で、応援している選手が何人かいます。たとえば、京都ハンナリーズから大阪エヴェッサに移籍した伊藤達哉選手。彼は、中学校時代に全中(全国中学校体育大会)の決勝で対戦したことがあります。僕より1つ年下なんですけれど、同じポジションで仲も良いんです。

小松:
中学生時代から同じコートに立っている選手たちがプロになり、リーグで戦える喜びは大きいでしょうね。

富樫:
そうですね。中学時代から知っている選手と言えば、伊藤選手の他にもう一人、一番仲のいい田渡凌選手がいます。彼は僕と同級生です。実は、これまでに一番刺激を受けてきたのがこの田渡選手なんです。

小松:
田渡選手にどのような刺激を受けたのですか。

富樫:
バスケットボールに取り組む姿勢ですね。負けん気の強さ、心の強さ、とか。

小松:
富樫さんが新潟の新発田市立本丸中学校で、田渡さんが東京の東洋大学京北中学校。バスケットボール部の監督が実のお父さんであった、という境遇も同じですね。

富樫:
彼とも、全中の決勝で対戦したことがあります。今は横浜ビー・コルセアーズに所属していて、同じポイントガード。高校卒業後にアメリカに渡り、浪人生活を経験して、オローニ短大からNCAA2部のドミニカン大学へ進み、そこからBリーグへ。

小松:
田渡さんもフローターシュートの名手ですが、中学1年生の時、富樫さんのフローターシュートを見て刺激を受け、 特訓したとインタビューで話していました。ずっとライバルでしたか。

富樫:
ライバルと言うより、友達です。

バスケはデータだけで語れない

小松:
若いポイントガードの選手は、やはり、富樫選手のことをお手本にしていますよね。試合を見ていると、若い選手たちが富樫さんのプレーをじっと見ているのをよく見かけます。

富樫:
弱点もバレてしまう(笑)。

小松:
弱点なんてあるんですか?

富樫:
もちろんありますよ。私は人よりも左手でのプレーがあまり上手ではないので、左手を使うことになる左側にいかされることが多いです。実は、左のレイアップシュートがいまだにできません(笑)。

小松:
左はダメでも、右は強い。

富樫:
右にドリブルついてシュートを打った時の方が、圧倒的に確率がいいです。そのぐらい細かいデータも最近は出せるようになったんです。ですから明らかに私は左に行かされることが多くて、チャンピオンシップで対戦した宇都宮ブレックスには、徹底して左に行かされました(笑)。

小松:
逆に富樫さんが相手のデータを見て、弱点を突くこともあるんですよね。

富樫:
もちろんデータを参考にすることもあります。が、たとえば右が強い選手がいたとして、「右は強いから左に行かせろ」と指示されても、でも、やっぱり、左にも行かれたくないですよね。それで、結局、左を守ろうとして強い右に行かれてしまい、怒られることがあります(笑)。

小松:
負けん気の功罪ですね(笑)。でも、バスケはデータだけではないですよね。相対するチーム、選手によって、相手のプレーも代わるでしょう。だからバスケットは面白いんですよね。

富樫:
それがバスケの醍醐味です。

小松:
富樫さんの動きやドリブルを見ていると、驚くとこがあります。相手が息を飲んで、富樫さんを避け、道が開いていくことがあるから。

富樫:
あ-、道が開いていく感じですね。それは確かに中学生の頃にはありました。けど、今はないですよ。中学の時には、僕がボールを持つと、周りの選手が避けてるのかなと思うほど、道が出来ることがあった。あとで実際に映像を見ても、相手選手が避けているんですよ、本当に。今は必死で進むスペースを見つけています(笑)。

長かったオリンピックへの道のり

小松:
富樫さんらの世代がBリーグを牽引し、有望な若手もどんどん出てきて、ますますBリーグは盛り上がっていくはずです。その更なるチャンスが、東京オリンピック2020でしょう。

富樫:
その通りだと思います。

小松:
昨シーズンは、Bリーグだけでなくて、日本代表でも戦わなくてはいけませんでしたから、スケジューリングや体力的にも、タフに乗り切らないといけなかったんですよね。1年後に迫った東京オリンピック、富樫さんご自身は、東京オリンピックを意識したり、楽しみにしていたりするのですか。

富樫:
もちろんです。自国開催のオリンピックに出場できる可能性があるなんて、自分はどれほど運が良いのだろう、と思いました。

小松:
オリンピック出場までには長い道のりがありましたね。

富樫:
当初東京オリンピック2020では、「開催国枠で出場できるだろう」と思っていたのですが、リーグの統一問題などの遅れもあり、2018年12月の段階では自国開催枠がなかったんですよね。それが、Bリーグに対する高評価や、ワールドカップ出場を決めた日本代表の国際的な評価も高まり、急転直下、2019年3月にオリンピック出場が決まったわけです。そのニュースを聞いて、そこから代表をより強く意識するようになりました。

小松:
オリンピックの舞台に立つご自身を想像しているのですね。

富樫:
はい、そのための努力を惜しまないつもりです。オリンピックが決まったことで、少しでも日本バスケットボールの力でありたい、という気持ちになりました。僕は来年27歳になるのですが、ちょうどオリンピックのタイミングで、バスケットボール選手における身体能力と経験がピークに達します。30歳手前の年齢で、オリンピックという舞台に立てるのは感慨深いですよ。

小松:
もちろん30歳を超えても、今度は別の面でピークがくると思います。ただ、27歳というのは、確かにフィジカルも含めて最大限のパフォーマンスを発揮できる年齢だと思います。オリンピックって、どのような舞台なのでしょうね。

富樫:
考えても想像できないんですよ。日本で男子バスケットボールがオリンピックから遠ざかりすぎて、今の現役選手たちは、オリンピックの男子バスケットボール日本代表をリアルタイムで(映像でならあるかもしれないので、誰も観たことがないかはちょっと言い過ぎな気もします)誰も見たことがないですから(笑)。

小松:
男子バスケットボール日本代表がオリンピックに出場したのは、1976年のモントリオール大会ですから、44年も前ですものね。

富樫:
でも、だからこそ選手たちは、いい意味でプレッシャーを感じずにプレーができるのではないかと思います。

小松:
代表やオリンピックについてのことを、他の選手たちと話されたりするのですか。

富樫:
四六時中話すことはありませんが、日本代表の合宿や遠征の時など、ルームメイトとは話をしています。馬場雄大選手とルームメイトになる機会が多かったのですが、二人でときどき、東京オリンピックの話をしました。

小松:
オリンピックと言えば、「魔物」と呼ばれるプレッシャーがつきものですね。

富樫:
そうした話しはオリンピック毎にありますね。ただ僕にはピンと来ていません。ワールドカップの予選の時も4連敗して、周囲からは「やっぱりダメか……」という声が聞こえたんです。でも、「20年以上もワールドカップ に出場していないのに、ここで急にプレッシャーかけられてもなぁ……」と、選手は鷹揚な気持ちになっていました。オリンピックも同じです。44年という時を越えてオリンピックに出場する僕らには、魔物を知る機会がありませんでしたから(笑)。

小松:
なるほど(笑)。“知らない者”の心の余裕が、4連敗からの8連勝でのワールドカップ出場の原動力になっていたのかもしれませんね。

富樫:
本当に、そうだと思います。

ライバルであり戦友との関係

小松:
日本代表でずっと一緒だった馬場さんとは、どんな会話をされていたのですか。

富樫:
リーグの話が多いですね。自分のチームや相手のチームの話です。現日本代表のフリオ・ラマス監督が来る前、ルカ・パヴィチェヴィッチさんが日本代表ヘッドコーチ代行を1年程やった後にアルバルク東京のヘッドコーチをされるのですが、彼の話を馬場選手から聞いたりしました。短い間だったのですが、パヴィチェヴィッチさんはとても印象的な方でしたので、僕もパヴィチェヴィッチさんのことを知りたかったんです。

小松:
いつも部屋は、馬場選手と一緒?

富樫:
そうですね、部屋は基本的に二人で一部屋なのですが、特に海外遠征に行った時はほとんど馬場選手と一緒でした。とても仲が良いので、一人部屋の時にも、二人一緒の部屋にされたり。イラン遠征に行った時には他の選手が全員一人部屋なのに、私と馬場選手だけが二人で一部屋だったんです(笑)。

小松:
ラマス監督も、富樫さんと馬場さん、二人が離れたら寂しいだろうと思ったのでしょう(笑)。でも、代表で心置きなく話せる方と一緒で、本当に良かったですね。

富樫:
はい。二人いれば遅刻もないですし。馬場選手に僕は随分貢献したと思います。だいたい馬場選手は朝、起きないんですよ(笑)。僕が先にシャワーを浴びて、洗面所で髪をセットしている頃に起きてシャワーを浴び出すんです。

小松:
馬場選手が寝過ごさなかったのは、富樫選手の規則正しい起床のおかげ(笑)。

富樫:
多分そうだと思います(笑)。

小松:
日本代表のミッションは、千葉ジェッツにおけるミッションとは少々違いますよね。日本代表の場合は、普段いつも一緒にいない選手たちと集まって、日本代表のバスケット、日本代表のプレーをする。そうしたマインドを持たないといけませんよね。そういう部分は、富樫さんにとって難しさなどはあるのでしょうか。

富樫:
難しさはありませんが、やはり千葉ジェッツでプレーする時と、代表でプレーする時というのは、どちらが上とか下ではなくて、大きな気持ちの違いはありますね。

小松:
ジェッツでリーグ戦を戦うのと、日の丸を背負って戦うことの違いを言葉にするとしたら、どういう違いですか。様々な競技の、日本代表の選手に色々とお話をうかがうと、日の丸を背負うと、応援してくれる人たちのために、という気持ちがより強くなる、とうかがうのですが。

富樫:
そうですね、僕のやること、僕が周囲から求められていることは、ジェッツでも日本代表でも変わらないと思うんですよね。僕のリーグでのプレーがあるから、代表に招集され、試合に出場できる。けれど、気持ちは違う。その違い……何でしょうかね。やはり、代表戦の試合の空気が特別なんですよね。緊張するということではないのですが、リーグの試合とは全く違う雰囲気なんですよね。

小松:
Bリーグでの富樫選手と、日本代表での富樫選手。そこにある勝負への思考。とても興味深いです。次回はそのあたりのことをもう少し深く聞かせてください。

富樫:
よろしくお願いします。
(つづく)
第3回はこちら

小松成美

プロフィール
神奈川県横浜市生まれ。広告代理店、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。
生涯を賭けて情熱を注ぐ「使命ある仕事」と信じ、1990年より本格的な執筆活動を開始する。
真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。
主な作品に、『アストリット・キルヒヘア  ビートルズが愛した女』『中田語録』『中田英寿 鼓動』『中田英寿 誇り』『イチロー・オン・イチロー』『和を継ぐものたち』『トップアスリート』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『なぜあの時あきらめなかったのか』『横綱白鵬 試練の山を越えてはるかなる頂へ』『全身女優 森光子』『仁左衛門恋し』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』『虹色のチョーク』などがある。最新刊、浜崎あゆみのデビューと秘められた恋を描いた小説『M 愛すべき人がいて』はベストセラーとなっている。
現在では、執筆活動をはじめ、テレビ番組でのコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

福岡耕造

プロフィール
写真家、映像作家
人物撮影を中心に広告、出版他多くの媒体で活動する。
撮影対照はアスリート、タレント、音楽家、政治家、市井の人々など多岐にわたる。
代表作品は「島の美容室」(ボーダー・インク)、「ビートルズへの旅」リリーフランキー共著/新潮社)など。

撮影 : 福岡耕造
演出.編集 : 福岡耕造
アート・デレクション : mosh
音楽 : 「Room73 」波・エネルギー