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B.LEAGUE HERO's STORY「富樫勇樹」#3

~interviewer 小松成美~
第1回第2回はこちら

第3回  千葉ポートアリーナの奇跡、その後

八村選手、ニック選手がもたらしたもの

小松:
日本代表とBリーグでは、勝敗によってもたらされる結果にとともに、時間軸が違いますね。リーグの場合は負けても次のゲームが続きます。一方、代表戦の場合は、限られた試合数の中で勝利というステップを登っていかなくてはならない。リーグと代表戦、その雰囲気の違いは、そんなところからくるのでしょうか。

富樫:
確かにそうですね。リーグ戦の場合は、日々の時間の中に戦いがあります。一方、代表戦の場合は、1回のワールドカップ、1回のオリンピックという考え方です。特にBリーグがスタートしてから、日本代表には、ワールドカップ2019と東京オリンピック2020という目標が掲げられました。懸命に戦う、渾身でゲームに挑むというだけでなく、絶対的な「結果」が必要だった。

小松:
日本リーグの頃からバスケットを応援している私にとって、44年ぶりに男子バスケットボール日本代表がオリンピックへ出場するという現実に、心が震えています。東京オリンピックに出場出来るかできないかは、2020年以降の日本バスケットボール界の大きな分かれ道でもあったと思います。

富樫:
そういう使命感も、確かにありました。

小松:
ワールドカップ2019の第一次ラウンド、第二次ラウンドは、ジェットコースターのようなめまぐるしさでしたね。連敗からの連勝は、ドラマとしては華やかですが、ヘッドコーチ、戦っている選手、スタッフの方々にとっては薄氷を踏むような時間を過ごされたと思います。

富樫:
あの4連敗のあとの4連勝は、偶然では得られません。チームが一丸となって求めた結果です。一試合一試合勝って、4勝になったときには、チームの選手それぞれが相当の自信を手にしていました。

小松:
4連勝の一番の要因は何だと思われますか。

富樫:
やはり大きかったのは、八村塁選手と、ニック・ファジーカス選手がメンバーに加わったことがあげられますね。彼らの加入によって、自分たちが勝つための集団なんだ、という気持ちが大きくなっていきました。八村選手とファジーカス選手が持っていた“勝利のメンタリティ”は、僕を含め、他の選手のメンタルの部分に影響をもたらしたと思います。

小松:
八村塁選手とニック・ファジーカス選手、そして富樫選手。東京オリンピックを戦う日本代表のアイコンです。

富樫:
八村選手が全身にたたえている世界と戦える能力とモチベーションは、そのままチームのパワーになっていくんですよ。

小松:
八村選手は、そのスキルとともに、日本のバスケからNBAというボーダーを軽々と越えていくメンタリティがありましたね。そして、2018年4月26日に日本国籍を取得し代表入りした身長210cm、体重111kgのセンター・ファジーカス選手は、攻守で日本代表に貢献しています。

富樫:
僕は、ニック選手のあるインタビューにとても心を動かされていました。それは、2018年6月29日、千葉のポートアリーナで行われたアジア第一次ラウンドでオーストラリアと戦う前のことでした。ニックはこう言ったんです。「オーストラリアは、僕のいる日本代表に勝ったことがない」と。彼は勝利を予告し、その絶対的な自信を言葉にしたんですね。実際の練習中も、ニックの言動は常にポジティヴで、後ろ向きな部分は微塵もなかった。それ以前は、口に出さないにせよ、相手がオーストラリアだと雰囲気的に「勝利は難しい……」という雰囲気が広がっていました。しかし、ニックのプレーと発言が、強豪オーストラリアに勝利するという強いイメージを日本代表にもたらしていったんです。

小松:
選手たちは心強かったでしょうね。勝負に挑むだけではなく、勝利という結果を出すイメージを共有できたのですから。

富樫:
まさにそうですね。雰囲気と言いますか、ファジーカス選手と八村選手が合宿に入った時から選手全員が、ワールドカップとオリンピックに出場することを現実として感じていくようになりました。

小松:
富樫さんは、「自分たちのプレー、日本のバスケットボールができれば、道は拓ける」と度々言葉にしてきましたが、「今の日本代表ならワールドカップにもオリンピックにも行ける」という自信を持ってプレーされていたんですね。

富樫:
はい、そうですね。ワールドカップ予選の最後の方の試合は、予選に出ることよりも、さらに一歩先に、どうしたら世界と戦えるチームになるのか、ということを考えていました。予選突破はむしろスタート、と思っていたくらいです。そのくらいの自信を持てるチームに成長していたと思います。

小松:
富樫選手や他の選手にとって、代表としての自信を持つことのできたエピソードはありますか。

富樫:
そうですね……印象的だったのは2019年2月21日に行われた二次ラウンド、アウェーでのイラン戦ですね。

小松:
89-97で勝利したゲームですね。2018年9月17日のホームゲームに続き、アウェーでも勝って2連勝でした。

富樫:
敵地でのイラン戦は、本当に特別な雰囲気の中で行われます。これまでの日本代表なら、ああした空気に飲み込まれていたかも知れませんが、あのゲームは全員が勝てるという気持ちを持っていたと思います。

小松:
勝利というものは、実際のプレーと、そうした気持ちとが合致しないと訪れませんよね。オーストラリアやイランに勝ったときにも「まぐれで勝った」という感情ではなかったということですね。素晴らしいです。

富樫:
試合前から、勝つという気持ちでやっていましたからね。

リーグ戦と日本代表の違い

小松:
あのような大きな試合に勝った後などは、富樫さんは自分の良いプレーを振り返ったりするのですか。

富樫:
あまりないですね。もちろんラマスヘッドコーチから、こういう部分が良かった、と褒めてもらうこともありますが、そこに満足はないです。今回の試合が良かったからといって、次の試合で絶対に同じことがでいるわけではないですから。むしろ、良いプレーのために修正する部分に強く関心を持って練習に臨みます。

小松:
代表戦では、ラマスヘッドコーチから富樫選手にはどういうことを求められたのでしょうか。

富樫:
基本的には、シュートと、中に切り込む回数を増やしていくこと、ですね。シュートを打たない場合は、中に相手選手の目線を集中させるという役割が重要です。僕自身、そのドライブを意識していました。

小松:
意識して中にドライブを仕掛けていく。目に浮かぶプレーです。

富樫:
そうですね。シュートを打てないとわかっていても、とりあえずゴール下までいって、ちょっとズレを作ることを意識していました。これは普段やっていることとあまり変わらないのですが、なぜか代表戦はチームの試合より疲労がありますね。

小松:
それは日本代表の方が出ている時間が長いからですか。

富樫:
いや、リーグの試合の方が出ている時間は長いです。なんで日本代表の方が疲れるんですかね? 普段サボってるからでしょうか(笑)。というのは冗談ですが。ただ、代表戦は、普段は入らない力が入っているのかもしれません。代表戦の場合、僕の出場時間はおおよそ20分ぐらいです。それでも最初のスタート5分ぐらいで、結構、息が上がるんですよ。Bリーグの試合ではそんなことないのですが。

小松:
代表戦では、体力も消耗するんですね。

富樫:
実は、結構疲れています(笑)。

小松:
薄氷を踏むような試合を戦い抜いてワールドカップ出場を決めまた日本代表。その瞬間のことを覚えていますか。どういう気持ちだったでしょうか。感情の起伏や爆発のようなものはありましたか。

富樫:
予選後半時には「ワールドカップへ出場する」という自信はありましたから、嬉しいというよりもホッとした気持ちでした。予選が終わって、ワールドカップ出場に向けた意識を持ち、また東京オリンピック2020への参加資格を与えられてからは、ワールドカップ予選がどれだけ大切だったかということを、後々になってより感じるようになりました。やっている時から予選の大切さはわかっていたのですが、それ以上に出場が決まってからのほうが重さを感じています。予選の1試合1試合は本当にどれだけ大切だったのか、僕や他の選手にとってもどれほど大きな経験だったのか、と反芻しているんです。

小松:
東京オリンピックの出場枠獲得のニュースも嬉しかったでしょうね。その決定はどういう気持ちでしたか。

富樫:
僕たちの耳に入っていた情報では、東京オリンピックへの出場か否かが決まるのは、ワールドカップの結果次第と言われていました。だから、ワールドカップを戦うその前に決まったのは少々驚きでしたね。

小松:
オリンピックへの出場は、総合評価だと言われていますね。リーグの盛り上がり、選手のプレーのレベル、そしてワールドカップ予選の日本代表の活躍など、色々な面が見られての結果だと報じられました。

富樫:
全てがいい方向に向いたんだと思います。もちろん八村塁選手や渡邊雄太選手、ニック・ファジーカス選手の存在はかなり大きかったですが、8連勝して自力でワールドカップを決めたこと、Bリーグや日本のバスケットの盛り上がり、これらの要素が出場を決定づけたんだと思っています。

小松:
胸が張れますね。

富樫:
はい、心から(笑)。

小松:
来年の東京オリンピック2020に向けて、イメージされていることなどあれば教えてください。

富樫:
そうですね、まずはBリーグでしっかりと結果を残すことを意識しています。というのも、私が必ずオリンピックのメンバーに選ばれるという保証はありませんので、しっかりとリーグ戦でアピールしていきたいという気持ちが強いです。Bリーグでプレーする前は、ずっと海外を目標にテキサス・レジェンズなどでプレーしていましたが、日本に戻ってきて、ワールドカップに出場して、オリンピックも決まった状況の中で、日本のリーグの中で1番のポイントガードになろう、という目標も定まりました。オリンピックを目指して、Bリーグの発展も含めて日本でバスケットに向き合っていきます。

小松:
日本のバスケ界の発展に富樫さんのプレーは不可欠です。そのマインドの原点はどこにあるのでしょうか。最終回の次回は、富樫さんのルーツに迫ってみたいと思います。
(つづく)
第4回はこちら

小松成美

プロフィール
神奈川県横浜市生まれ。広告代理店、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。
生涯を賭けて情熱を注ぐ「使命ある仕事」と信じ、1990年より本格的な執筆活動を開始する。
真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。
主な作品に、『アストリット・キルヒヘア  ビートルズが愛した女』『中田語録』『中田英寿 鼓動』『中田英寿 誇り』『イチロー・オン・イチロー』『和を継ぐものたち』『トップアスリート』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『なぜあの時あきらめなかったのか』『横綱白鵬 試練の山を越えてはるかなる頂へ』『全身女優 森光子』『仁左衛門恋し』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』『虹色のチョーク』などがある。最新刊、浜崎あゆみのデビューと秘められた恋を描いた小説『M 愛すべき人がいて』はベストセラーとなっている。
現在では、執筆活動をはじめ、テレビ番組でのコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

福岡耕造

プロフィール
写真家、映像作家
人物撮影を中心に広告、出版他多くの媒体で活動する。
撮影対照はアスリート、タレント、音楽家、政治家、市井の人々など多岐にわたる。
代表作品は「島の美容室」(ボーダー・インク)、「ビートルズへの旅」リリーフランキー共著/新潮社)など。

撮影 : 福岡耕造
演出.編集 : 福岡耕造
アート・デレクション : mosh
音楽 : 「Room73 」波・エネルギー