2025.05.06
ブレックスネーションに彩られたジェフ・ギブスのラストダンス「正しくプレーできた15年間だった」
Bリーグでもレジェンドと呼ばれるような選手たちがユニフォームを脱ぎ、次の人生へと歩みを進めている。近年でも、昨季はニック・ファジーカス、桜井良太、朝山正悟ら日本代表で活躍したスターたちが現役を退き、今季も名古屋ダイヤモンドドルフィンズで長く活躍した中務敏宏やアイシンシーホースで一時代を築いた柏木真介らが引退を表明。最後の勇姿をファンに見せている。
越谷アルファーズのジェフ・ギブスもその1人だ。
日本で15年のキャリアを歩んだ
”小さな巨人”
188cmとビッグマンとしては超アンダーサイズながら、長い手足と筋骨隆々な肉体を生かして21シーズンもの間、ペイントエリアで奮闘し続けた。日本では15シーズンを戦い、44歳となった今でもその存在感は健在。今季も平均10.9得点、7.3リバウンドをマークした。今季開幕前の昨年10月3日、ギブスは越谷のホームページを通じて引退を表明。レギュラーシーズン最後のシリーズは、彼の古巣・宇都宮ブレックスとのアウェイゲームだった。
「スケジュールが発表されたときに最終節がアウェイでのブレックス戦だと分かって、感極まるところがあるとは思っていました。長年ブレックスに在籍して、いろいろなチームメイトを知っているので、思い出深い試合になるんじゃないかなと思っていました。シーズン最初は(最終節のことは)全く考えていませんでした。常に次の対戦相手のことを考えていました。でも、やっぱりここ2週間ぐらい、最後の1か月ぐらいは(最後の試合が)近付いてきているとちょっとずつ意識するようになっていました」
ギブスは古巣との最終節についてこう語った。


迎えたシリーズで、ギブスは2戦ともスターターとしてコートに立った。いの一番で名前をコールされると、日環アリーナ栃木に集まったファン・ブースターは彼を割れんばかりの大きな拍手で迎えた。越谷のほかの元宇都宮メンバーにも同様に大きな拍手が送られたが、ギブスへのそれは別格のように感じられた。
ゲーム1序盤で前に出たのは越谷だった。ファーストポイントとなったのはギブスのドライブからのレイアップで、続けて笹倉怜寿が加点。さらにギブスがオフェンスリバウンドからゴール下をねじ込んで6-2と先行した。その後は宇都宮が遠藤祐亮や渡邉裕規の3Pシュート、小川敦也のドライブなどで一気に逆転し、1Qを24-14で終える。
2Qからは総合力で勝る宇都宮がじわじわと点差を拡大。唯一、宇都宮が手を焼いていたのはギブスのインサイドで、宇都宮ディフェンスをものともせずにパワフルにスコア。セカンドチャンスポイントも平然と決め切るなど、前半だけで14得点、9リバウンドをマークした。ただ、3Qに14-31のビッグランを許すと、そこからはチームとして集中力を維持できず。攻防でプレーに積極性を欠き最終スコア62-91と手も足も出なかった。
試合後の越谷・安齋竜三HCの表情は険しかった。ギブスとは宇都宮時代に共にBリーグ初年度の優勝を分かち合った仲。しかも同い年だ。ギブスの引退にあたって特別な思いを込めていたからこそ、この大敗が納得できなかった。
「(今節は)ジェフの最後のゲームなので、そこへの思いを自分たちから出したかったんですけど…初めてです、こんなに思いがないチームがあるのかと感じて。本当にジェフに申し訳ないというか、こういうチームで終わらせてしまうことが本当に申し訳ないなと思いました。これだけ日本に貢献してきた選手と最後にやれている幸せを何で表現するかといったら、もうプレーや気持ちの部分でしかないわけで。明日は本当に最後なので、チームとして、そこを出せるやっていくしかない」
安齋HCはこうも言っていた。「明日、ジェフを試合に出すのが僕の仕事」
迎えたゲーム2でもギブスは奮闘。この試合でも両チーム通じて初得点を挙げ、1Qだけで11得点、2リバウンド。カイル・リチャードソンも同クォーターで6リバウンドと奮闘し、20-23と互角にわたり合った。しかし、この試合でもジリジリと差を広げたのは宇都宮で、前半を終えて27-44。
それでも、この日の越谷はゲーム1と同じ轍は踏まなかった。3Q残り5分17秒に20点差(37-57)が付いたところから必死に食らい付き、一時11点差まで迫った。最終的には69-83で敗れたものの、四家魁人が10得点と奮闘。井上宗一郎や榎田拓真もハッスルを見せてリーグ1位の宇都宮に食い下がったさまは、安齋HCがゲーム1で苦言を呈した「気持ちの部分」での選手たちの意地だろう。

ラストプレーは盟友・竹内公輔との1オン1
ギブスは、ゲーム1で17得点とシーズンハイ14リバウンド、ゲーム2ではこちらもシーズンハイの36分29秒の出場と同26得点。加えて8リバウンド、5アシスト、さらには通算1002本に到達させる3本のスティールも記録した。通算1000スティールは歴代3人目の大記録だ。こうしたスタッツに残る数字だけでなく、何度もチームを救ってきた分厚いスクリーンをかけたり、起点となってパスを散らしたりとさまざまな面でインパクトを残した。この2戦で見せた姿はまさに“ヴィンテージ・ジェフ・ギブス”と呼べるものだった。まだまだプレーできるのでは──ゲーム1後にギブスにそう尋ねると、彼は「もちろん」と回答してゲーム2に向けてこう続けた。「明日はできるだけ多く試合に出て、今日より良い活躍をして、できれば勝って終えたいなと思います」。白星とはならなかったが、「できるだけ長く出て、今日(ゲーム1)よりも良い活躍をする」という目標は間違いなく達成された。
中でもハイライトシーンとなったのはゲーム2でのラストプレー。残り15秒を切った場面でボールを受けたギブスは、一瞬プレーを続けることをためらった。本来、すでに勝敗が決した後にはプレーしないのが暗黙の了解だからだ。しかし、安齋HCはギブスに「最後に見せてやれ」と言わんばかりにハンドジェスチャーを出す。
待ち構えていたのは、トヨタ自動車時代を含めて8年間共にプレーした竹内公輔だった。「さぁ来い!」──竹内は手をたたき、両腕を広げてギブスを待ち構え、ほかの選手たちは右サイドに固まり、アイソレーションシチュエーションに。ドリブルとレッグスルーを数回突き、ギブスは左手でクロスオーバー、最後は力強いドライブで竹内を抜き去り、26得点目となるワンハンドダンクで試合を締めくくった。
終盤にはコート上の10人全員が現・元ブレックスという状況も訪れ、ギブスのフリースロー時には会場から大きな拍手が送られた。
「チームメイトだった公輔、ナベ(渡邉裕規)、(鵤)誠司、遠藤(祐亮)、マコ(比江島慎)たちとは試合前にちょっと冗談を言いながら、でも、試合になったら真剣にやり合う仲なので、本当にそういう時間も楽しかったです」

旧友たちに見守られながらのラストゲームは、ギブスにとってかけがえのない思い出になったことだろう。
2010-11シーズンの来日からここまで長い日本でのキャリアを想像できたか。ギブスにそう問うと「正直に言うと、2、3年日本でやったら以前に所属していたチームに戻ろうと思っていたのですが、日本に来てここが本当に好きになって、ファンの皆さんも本当に素敵で、チームにも残ってほしいと言われました。いろいろなことがありながらも日本に魅力があったので、ずっとプレーしてきました」と語った。宇都宮やトヨタ自動車の環境、日本のファンの前でのプレーはギブスにとって心地よかった。
そして、気付けば15年が経っていた。その間に彼の子どもたち、特に来日当時6歳だった長男のトレイは21歳の立派な青年となった。「もう髭は僕よりありますよ(笑)。宇都宮の皆さんはトレイが成長する過程を見ていたと思うので。練習に連れて行ったりもしましたし、(そう考えるとこの15年は)長かったと感じます。対戦相手やファンの中でもトレイを知っている人たちからは『大きくなったね』『もう大人だね』という声はよく聞きますから」
ギブスは感慨深げにそう振り返った。今年で45歳を迎えるギブスだが、その1/3を日本で過ごしているのだから、彼の人生も大きくステージが変わった。それだけ長く、しかしあっという間の15年間だった。

渡邉裕規・遠藤祐亮
ギブスは「ヒーロー」だった
試合前には田臥勇太から花束を受け取り、試合後には竹内をはじめ、かつての仲間たちと熱いハグを交わして、最後には記念撮影もした。ギブスにとって宇都宮の多くのメンバーがかけがえのない仲間だったと同時に、宇都宮の選手たちにとっても、ギブスは特別な存在だった。
ゲーム1後、渡邉裕規と遠藤祐亮にギブスについて伺うチャンスをもらった。2人に共通でギブスへの思いを聞き、加えて渡邉には対戦相手としての彼の脅威について、遠藤には試合中にギブスがアツくなっていたときに彼をなだめたシーンがあったことについて聞いた。

まずは渡邉のコメントを紹介する。
「年を取っても彼の脅威はありますし、でもそれよりも、僕は前のチームにいたときから彼と対戦するのが毎回嫌でした。彼は当時トヨタ自動車にいましたが、『明日はトヨタだな。ジェフいるなぁ…』って。だから、仲間になってたときは跳んで喜びましたけどね。それぐらい嫌な選手だったので。
彼の日本でのキャリアは僕のキャリアと同じくらいなのかな。僕がルーキーくらいのときに彼がトヨタに来たので。いろいろな思い出がありますし、一緒にチャンピオンシップを取ったブレックスのホームで彼がキャリアを終えるのはすごいことだと思います。
明日もいまだにジェフと試合をするのは嫌ですけど(笑)、でも、それぐらい本当にすごい選手だったなって。日本のバスケットボールリーグの中にすごいインパクト残す選手だったんじゃないかと思います。毎回ジェフのチームとやるのが嫌だったんですけど、そんな彼が来てくれたのは僕以外もみんな喜んでいたと思います。彼が来てBリーグ初年度に優勝して、本当に救世主だと思ってますね。彼にはよくメールを送るんですけど、本当に僕の中ではヒーローなんですよね。いつもヤバいときに救ってくれるイメージがあるので。ジェフのラストなので、(ゲーム2も)お互いに良い試合ができればいいなと思います」

遠藤はこのように語った。
「相手(越谷)にはブレックスにいた選手も多いですし、ブレックスファンからするとほかのチームよりも選手に対しての特別な気持ちは強くあると思います。その中でも日本のバスケ界におけるジェフの15年間の活躍は、本当に誰が見てもすばらしかったと思います。アルバルクにいたときにも勝利に貢献していましたし、チームメイトとしても、そして今、年を重ねても変わらないパワー溢れるプレーを今日も感じました。毎年引退する、しないみたいなことがありましたけど、本当に引退するんだなと。話したときも『本当に引退する』と言っていて、(プレーからも)強い決意を感じました。あと1試合しか(コートで一緒にプレーが)できないんですけど、それがブレックスのホームでできるというのは個人的にも…本当にやっぱり(ギブスは)自分のヒーローのような存在だったので、そういう選手との最後の試合を自分たちができる、そして自分も出場できるのは本当にうれしいことです。あと40分間、しっかりとケガせず楽しんでほしいなと思います」
「(ギブスをなだめたシーンについて)ジェフが結構レフェリーに言っていて、ブレックス時代もよくそういうときにテクニカルファウルを取られてる場面があって。最後の試合だし、そういうふうになってほしくなかったというか。なだめられる間柄だったのもありますけど、今日、明日を楽しんでほしい気持ちで、荒い試合にはしてほしくなかったです。アツくなるのもジェフらしいですけど、そういう気持ちが強かったと思います」
2人が共通して発した「自分のヒーローだった」という言葉が、ギブスが宇都宮で残したレガシーであり、彼のレガシーがクラブに引き継がれていることの証明でもあった。
ギブスは日本での自身のキャリアをこう総括した。
「日本で15年間やった中で、選手からもリスペクトもされましたし、ファンからもすごく応援してもらえたので、本当に自分自身、正しくプレーできた15年間だったと思います」
ゲーム1後には「明日は全てを出し切ってプレーしたい」と語っていたが、まさにゲーム2はその言葉どおりのパフォーマンス。自らの活躍、そして黄色に染まったブレックスネーションに彩られたラストダンスは、日本バスケットボール界に語り継がれる名シーンとなった。




記事提供:月刊バスケットボール