チケット購入
2025.08.06

安全体制、進化のフェーズへ──B.LEAGUE“即応体制”を支えるトレーナーと運営担当者の連携

  • 月刊バスケットボール

全クラブ対象のSFR講習会、カギは“ATと運営担当者の連携”


B.LEAGUEの安全体制が、次のフェーズに進化しようとしている。
その一環として、7月1・2日に東京都内で開催されたのが「SFR養成講習会」だ。救急救命士としても現場に立つ国士舘大学准教授・曽根悦子氏を中心に、搬送・処置方法やCPR(心肺蘇生)、症例評価の手順などを、座学と実技の両面から学ぶ機会となった。この講習会を企画・推進したのが、B.LEAGUEの「SCS推進チーム」。2023年7月に立ち上がった同チームは命を守る(Safety)、選手稼働の最大化(Condition)、パフォーマンスの向上(Strength)を理念に掲げ、さまざまな施策を講じてきた。中でも選手に限らず来場者を含め、“命を守る”ことは最優先事項としており、理念を実践に移すための手段として、SFR(スポーツ・ファーストレスポンダー)の導入が進められてきた。

SFRはスポーツ現場に特化した応急処置の担い手であり、急病やケガに対して最初に対応する「ファーストエイド」を行う存在だ。この重要性をいち早く訴えてきたのが、2000年に救急救命士の養成課程を開設した国士舘大学である。同大学はB.LEAGUEのファイナルやオールスター、学生スポーツ、東京五輪、東京マラソンなど、数々の現場でSFRの体制を組みサポートしてきた。講習会はこれまでに2回実施。定員に達するなど関心の高さを示していたが、クラブごとの取り組みに差も生まれていた。今回の講習会は、B.LEAGUE全体での底上げを図ることが主眼であり、その鍵となるのが、チームに帯同するアスレティックトレーナー(AT)とフロントである運営担当者の連携だった。両者が一体となって対応できる体制こそが、SFRの効果を最大限に引き出せるというわけだ。


アスレティックトレーナーと運営担当者が参加しての開催となったSFR講習会

すでにATと運営担当者の連携によって、望ましい対応ができた例はある。今年1月には滋賀のハビエル・カーター選手が試合中に突然の心肺停止に陥った。すぐさま滋賀の阿部慶太郎ヘッドアスレティックトレーナーらが駆け寄り、EAPが発動され、CPRを実施。さらに、興行運営を担当する米谷仁諠氏や熊田有里氏も速やかに対応し、タイムロスなく救急要請・搬送されたことで命を取り留めた。カーターは新シーズンでの復帰に向けて歩みを進めているところだ。もう一つが昨年10月末、A東京戦でジョシュ・ハレルソン選手(佐賀)が負傷した件だ。ホームチームだったA東京の運営責任者である細谷茉生氏(運営企画室 運営・ファンエンゲージメントGrアシスタントマネージャー)はEAPを発動し、佐賀のチームスタッフと連携。速やかな搬送が行われた。ハレルソンもまた新シーズンに向けて準備を続けている。

EAPはエマージェンシー・アクション・プラン(緊急時対応計画)の略で、簡単に言えば、アクシデントが起きた際、誰が何をどのように対応するかという取り決めである。「SCS推進チーム」によってその策定、EAPハドル(試合前に関係者が集まってEAPを確認する時間)は義務化されている。B.LEAGUEでは、日本ストライカーから提供されたAED(自動体外式除細動器)に加え、松吉医科器械よりストレッチャーも各クラブに支給。必要な“モノ”の取り組みが進む中で、同チームとして目指しているのが“ヒト”“体制”のレベルアップで、ATと運営担当者が揃っての講習会が行われたというわけだ。


滋賀からはATの阿部氏、運営担当の熊田有里氏が参加。1月の事案についての詳細と改善点が紹介された

事例が突きつけた現実、現場で高まる危機意識


“今日、何かが起こるかもしれない”——滋賀やA東京の事例もあって、現場の緊張感はさらに高くなっている。だからこそ、「学ぶことが多かったことはもちろん、危機感を感じていた中でこういう機会があったことは感謝でしかありません」と広島の運営担当者、山本翔馬氏(興業課・係長)。「EAPも策定し、運営目線での準備も進めてきました。それでも他クラブでの事例を目の当たりにすると“本当に速やかに対応できるのだろうか?”と不安を感じていました。今回、強く感じたのが、ATなどチーム側のスタッフともっと連携を強めなければいけないということです。一気に解像度が増した時間になりました。クラブに戻って、講習会で感じた緊張感をしっかり伝えなければいけませんし、あらゆるスタッフで対応できるように進めていきたいと思います」と覚悟を言葉に滲ませた。


広島の運営担当である山本氏は解像度が増したと共にさらなる危機感も芽生えたと語った

EAPによって、やるべきことは明確になった。一方で、EAPは計画書にすぎず、うまく運用されなければ無用の長物となってしまう。難しいのは傷病者の状態を適切に判断することである。B.LEAGUEで迎える局面では「生命予後(命を守る)」だけでなく、「機能予後(選手・観客が復帰するための可能性をいかに残すか)」という視点も必要と曽根氏は強調した。今回の講習では、搬送法や骨折固定、気道確保に加え、「SABCDE」に基づく症例評価の流れを学んだ。これは負傷者に対する処置の優先順位で、S(Scene・Safety:受傷機転・救助者の安全確保)、A(Airway:気道)、B(Breathing:呼吸)、C(Circulation:循環[脈])、D(Dysfunction of CNS:神経機能[反応や麻痺])、E(Exposure・Environmental control:全身観察・体温管理)の順に確認していく。選手にしても来場者にしても、傷病者が必ず受け答えができる状態にあるわけではない。どんな状態にあるのか、適切な処置は何かを速やかに判断するためには、シミュレーションや実際の経験、経験談の傾聴を積むことでしか鍛えられないと曽根氏は続けた。

広島で10年超にわたり、ヘッドトレーナーを務める森田憲吾氏は、今回の講習会を振り返って「深みが増した2日でした」と表現している。
「(運営の)山本さんとは普段からコミュニケーションを取っていますが、こうしてしっかりディスカッションできたことは非常に意義深いことでした。試合はプレーをするチーム、試合を運営するスタッフが揃って成立するもの。その中で不測の事態が起きた際に、人の命を守るという共通の目的のもと、標準レベルをさらに高めていきたいです。また、今回は他クラブのトレーナー、運営担当者の話を伺い、考えの共有を図れたことも良かったです。ホームであれアウェーであれ、対応レベルを底上げすることにつながるはずです」。B.LEAGUEの取り組みによって、どの会場でも安全体制は底上げされるだろう。選手にとっては存分にプレーしやすくなるわけだから、B.LEAGUE自体の魅力がさらに上がることにもつながるはずだ。


「深みが増した」と語った広島のヘッドトレーナーの森田氏

「目の前の一人を救うために」、安全意識を現場仕様に


共通認識が広がることで対応力は高まる。一方で、多くの人が関わるからこそ起こりうる新たな課題にも向き合わなければならない。EAPに関わる人が増えることで負担は抑えられるが、避けられないヒューマンエラーが生まれる可能性も増す。「だからこそ、やってはいけないことを明確にする必要があります」と森田氏は言う。「『これをやってはダメ』を定めることで底上げを図ることができるはずです。今回の講習会で自クラブだけでなく、B.LEAGUE全体で共通認識は高まりました。この点においても、深みは増したと思います」と語気を強めた。

さまざまなスポーツシーンを知る曽根氏は「感じているのは、B.LEAGUE全体が同じ目線で取り組んでいるところが素晴らしいということです」と切り出すと「縦のつながりだけでなく、横の連携、つまりクラブが違っても情報を共有しようという意識があります。A東京でEAP発動があった際に使われていた目隠しの幕について瞬時に情報が共有されて、各クラブで作ったという話も聞きました。これはどのスポーツでもできることではありません」と説明。そのうえで「講習会を経て、多くの方が指導できるようになりました。0から1にできた今、それを2へ、3へと発展させていく段階です。講習会で試したシミュレーションは、わかりやすい局面を想定しています。しかし、実際のアリーナで同様の事態が起きたときには、状況が大きく異なるはずです。EAPはもちろん、搬送方法や傷病者へのアプローチも、環境が変われば全てが変わってしまう。シミュレーションと同じ動きができるように、クラブの実情に即した形で運用してほしいなと思います」と期待を込めた。

前述のとおり、SCS推進チームでは“モノ”の充実を図ったうえで、“ヒト”“体制”を充実させるべく講習会を開き、現場で生きる力の向上にも力を注いでいる。後悔はしたくない。だからこそB.LEAGUEは強い思いの下、でき得る限りの備えを続け、盲点を一つ一つ潰しているわけだ。それでも“これが正解というものはない”のも事実。だからこそ、現場に即したアップデートが欠かせない。ATと運営担当者という両輪がかみ合うことで、B.LEAGUEの安全体制はさらに進化していくはずだ。


講師を努めた曽根氏。各クラブの意識の高さ、真剣度を称えた

取材協力=Bリーグ

SCS推進チームの記事はこちら