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2019.10.15

B.LEAGUE HERO's STORY「富樫勇樹」

  • COLUMN
~interviewer 小松成美~

第1回  1億円の意味

ファイナルの悔しさと初のMVP

小松:
私にとって念願だった、富樫勇樹選手へのインタビューが実現しました。ずっとBリーグの関係者の方々に「富樫さんにインタビューさせてください」とお願いし続けて、ついに叶い、光栄です。そして、2018-19シーズンのMVP受賞、本当におめでとうございます。

富樫:
ありがとうございます。

小松:
MVP受賞は嬉しかったでしょうね。

富樫:
はい。2年連続優勝を逃して、悔しさを残してのシーズン終了だったのですが、MVPをいただき、新たなシーズンにむけての励みになりました。

小松:
富樫さんは、2019年の6月に千葉ジェッツと契約更改され、バスケットボールで日本人初の「1億円プレーヤー」となりました。この発表はバスケットボール界に衝撃を与えましたね。富樫さんの年俸が1億円になるという報道に際し、現・千葉ジェッツ会長で当時の社長である島田慎二さんが「体の大きな選手が有利なバスケットボールで、富樫選手は小さくても戦えることを証明した。プロバスケット選手を夢見る若い子ども達に希望を与えている。富樫のプレーの質や行動は、この1億円という報酬にふさわしい」と、コメントされていて、感動しました。

富樫:
1億円の年俸を発表するか迷った時期もありましたが、プロを目指す若い世代の一つの指針になればと会見を開きました。今は、皆さんにお伝えできて良かったと思っています。

小松:
優勝は逃したものの、今回のMVP獲得は大きな栄誉です。富樫さんにとって2018-19シーズンはどのような1年でしたか。

富樫:
今シーズンは、2017-18シーズンで敗れたアルバルク東京への雪辱を果たすための日々でしたから、5月11日に横浜アリーナで行われたB.LEAGUE FINAL 2018-19で、アルバルク東京に勝てなかったことの悔しさは、もちろんあります。

因縁の決勝戦を迎えて

小松:
富樫さんが率いる千葉ジェッツは、リーグ最高勝率記録を更新してファイナルに登り詰めました。一方のアルバルク東京は、ワイルドカードから各地区のトップを打ち破り決勝へ駆け上がっていきました。 その結果、昨季と同じ千葉ジェッツとアルバルク東京の顔合わせとなったわけですね。

富樫:
天皇杯とリーグの2冠を目指すことに迷いはなかったですし、アルバルク東京に負けない自信もありました。けれど、勝負はあの一試合の結果がすべて。今はアルバルク東京の2連覇を讃える気持ちです。

小松:
MVPを受賞されましたが、準優勝は悔しいですよね。私はあのファイナルゲームを観ていたのですが、どっちが勝ってもおかしくない。両者に差がない試合でした。特に第2クォーターはすごい展開でしたね。

富樫:
そうですね、去年と同じような展開だったのですが、千葉ジェッツで言えば、去年よりもチームが成長していたと思います。競り合うことに臆する者はいませんでしたから。

小松:
だからこそ勝ちたかったという気持ちは強かったでしょうね。

富樫:
そうですね、でもアルバルク東京は、チャンピオンシップとかファイナルにでると確実に力を発揮してくる、とても強いチームだということは誰が見てもわかっていましたからね。今の日本代表の12人のうち、去年アルバルクに5人いたので選手層も厚いですから。実際、ジェッツより地力が勝っていたのだと思います。

小松:
たしかに、その底力というのはありますよね。あのファイナルというステージでは、何が起きるかわかりませんね。

富樫:
アルバルクには、馬場雄大選手と田中大貴選手という日本代表の核を成す選手がいます。2人は代表経験が長い選手ですから、大舞台だと力を発揮するんです。なのでファイナルで2人と対戦するのは結構嫌でした(笑)。できることなら違う相手の方がよかったのですが、まあ上に上がってくるんだろうなとは、僕もチームの皆も、思っていました。

小松:
あの試合、第1クォーター、第2クォーターと両チームの実力が拮抗し、競り合いました。しかし、第3クォーターは勢いに乗ったアルバルク東京が畳みかけていきます。3クォーターを終えた時点では、なんと点差が64-45まで開きました。

富樫:
すみません、僕のスリーポイントシュートが不発で……。

小松:
ところがゲームはまだ終わっていませんでした。第4クォーターで 富樫さんの3ポイントが決まりだし、 ディフェンスでも精度を高めていきました。オフィシャルタイムアウトまで、なんと無失点。 14点を連取して一気に5点差にまで迫りましたね。あの戦いはBリーグの宝物ですよ。あんなすごいバスケットの試合が日本にあるんだという、証明のようなクォーターでした。

富樫:
僕の3ポイントが決まりだしたのが、ちょっと遅かったんですよね。

小松:
第4クォーターの3ポイントの鮮やかさと言ったら。ああいう時は、投げた瞬間入るとわかるんですか?

富樫:
そうですね。シュートは打った瞬間に入るか否か、わかることが多いですね。

二つの大きな大会が迫る中でのリーグ戦を終えて

小松:
富樫さんは普段、負けてもあまり感情を露わにしませんが、あの時にはゲームの後、しばらくコートに座っていましたね。あの瞬間、今シーズン1年間の出来事が浮かんだりしていたのですか。

富樫:
シーズンではなく、とにかくあのゲームに負けたことの悔しさが胸に迫っていました。2018-19シーズンは、チームがとてもよかったので、なおさらショックが大きかったんですよね。

小松:
2年連続、アルバルク東京の表彰式を目の当たりにすることに……。

富樫:
はい。その時には、この悔しさを一瞬も忘れずに来シーズンを迎えるのだ、と思っていました。

小松:
それにしても、2年連続決勝でファイナルが同じカードというのは、本当に両チームとも強い。こういう強いチームがBリーグを牽引していくことが、ゲームを観戦するファンにとっても大きなモチベーションになります。

富樫:
そうですね、東地区でアルバルク東京、宇都宮ブレックス(栃木)、千葉ジェッツというのは本当にいいライバル関係で、同じ地区でずっと競い合っています。その切磋琢磨があり、それぞれのチームはより強くなっていると思います。しのぎを削るような試合をするほど、チームは成長できます。東地区が強いのは、そうした理由もあると思うんです。

小松:
Bリーグと並行して存在した日本代表という立場。富樫さんにとって、その気持ちはどのようなものでしたか。

富樫:
自分自身、日本代表でのプレーにフォーカスしていたシーズンでした。2019年2月に日本代表はワールドカップ出場を決めたのですが、その分かれ目となるワールドカップ第二次予選のゲームが2018年9月から2019年2月まであったんです。その試合を常に意識しながらシーズンを過ごしていました。

小松:
この1年は、これまでの現役の中でも特別な時間でしたね。

富樫:
はい、ここ2年ぐらいは、ワールドカップとその先の東京オリンピック2020のことがいつも念頭にありましたから。今回のワールドカップの予選は、ただの予選ではなかったんですよね。今回のワールドカップに出られるか、出られないかによって、日本のバスケットボールの未来が変わってしまう、という気持ちで臨んでいました。僕以外の選手も同じだったと思います。今回のワールドカップの予選を勝ち抜けてこそ、日本のバスケットボールの未来は切り開かれる、と考えていました。ですから、選手たちは本当に集中力を持ってプレーに臨みました。日本代表として、これまで以上の高い意識で取り組めたと思っています。

小松:
ワールドカップとオリンピック。大きな二つの大会への出場と言う目標を掲げ、Bリーグでも戦っていた。この2年あまりの日々は、心が休まる時間がなかったのではないですか。

富樫:
肉体的も精神的にも負荷がかかっていたことも事実ですが、むしろ励みにもなっていました。プロ選手としてワールドカップとオリンピックを目指せる幸福は、いつも胸にありましたから。

小松:
本当にそうですね。Bリーグの黎明期を築いた選手たちが自国開催のオリンピックを戦うわけですから、ファンの期待もこれまでにないものでしたね。国際バスケットボール連盟(FIBA)の理事会が2019年3月にコートジボワールで開かれ、男女ともに日本の出場が認められました。男子は1976年のモントリオール五輪以来44年ぶりの出場です。ワールドカップ自力出場を勝ち得たことを経て五輪出場権獲得に至ったことは本当に素晴らしいです。

富樫:
僕自身も、ワールドカップ出場の先に東京オリンピックへの道が開けると考えていたので、あの決定の夜は嬉しくて眠れませんでした。

小松:
アスリートは現役時代に様々な環境でプレーしますよね。どんな時代にどこでプレーをするか、それは選手が持つ天命のようなものだと、私は感じています。富樫さんは、高校時代をアメリカで過ごし、帰国後は大学へ進学せずbjリーグの秋田ノーザンハピネッツに入団して、プロ選手としてのキャリアをスタートさせました。2015年に千葉ジェッツへ移籍し統一されたBリーグで大活躍され、2020年のオリンピックを目指す日本代表の一員になっている。すべては富樫さんの努力の賜物ですが、東京オリンピック出場は富樫さんに課せられた使命なのだとも思えてきます。ご本人はいかがですか?

富樫:
現在は、毎日、濃い日々を送っています。ワールドカップ予選を戦っていた時にも、オリンピック出場の資格を待っていたときにも、もちろんプレッシャーはありました。さらに来年のオリンピックでコートに立つことを目指している自分は、これまで感じたことのない重圧を覚えることもあります。心にはいろいろな想いが浮かび上がりますが、でも今は最高にバスケットボールが楽しいです。プレッシャーがあった方がより生きがいを感じられる。そう思ってコートに立っています。

今シーズンを振り返って

小松:
2019年のNBAドラフト一巡目でワシントン・ウィザーズより指名を受けNBAプレイヤーになった八村塁選手、ジョージ・ワシントン大学卒業し現在はメンフィス・グリズリーズに所属する渡邊雄太選手、マーベリックスとの契約が正式に決定した馬場雄大選手など、ワールドクラスのバスケットボールプレーヤーが誕生していますね。日本のバスケットボールは大きな変化のうねりの中にいますね。

富樫:
はい、僕もそう感じています。日本人のNBAプレイヤーがいることの影響は本当に大きいと思います。2019年7月のサマーリーグ(NBAのシーズンオフに行われるトーナメント戦で、新人、若い控えの選手、NBA実績のない選手を、チームが契約するかどうか決定することを目的に、リーグに招待される)に馬場選手を始め、日本から4選手が参加したことは、これまでには考えられないことですよ。日本のバスケットボール界の進化の証明だと思います。

小松:
先には2004年にフェニックス・サンズの開幕ロースターに入った日本人初のNBAプレーヤーとなった田臥勇太さんがいました。2014年にサマーリーグに参加した富樫さんも道を切り開いた一人です。選手たちは、それぞれ、自分の目標を掲げているでしょうが、先人の姿こそお手本になります。富樫さんの一億円年俸が公表された件も、若い世代に明確な一つの指標を与えたとも言えますね。

富樫:
そうですね。Bリーグのプロで活躍するとどのぐらい報酬がもらえるのか、現状ではわからない状態ですよね。プロ野球なら目安の数字がありますが、バスケットにはありません。僕一人でも報酬がいくらなの示す選手がいることで、これからBリーグを目指す選手たちに夢が与えられるといいな、と思っています。これで高校生や大学生でBリーグを目指す人が一人でも増えて、リーグ自体が盛り上がってくれれば嬉しいです。さらにその先には、NBAという世界も待っている。アメリカでも、言語や文化、体格の差を越えて活躍できることを、八村選手や渡邉選手、馬場選手が示してくれるはずです。

小松:
激動の日々の中で、富樫さんが昨年シーズンで一番心に残っているプレーやゲームがあったら教えてください。

富樫:
そうですね、代表戦と、Bリーグとそれぞれあります。代表戦ですと2019年2月21日、テヘランで行われたワールドカップ予選第2次ラウンドのイラン戦ですね。

小松:
日本は、F組3位で、2位のイランに勝つと、本大会出場の可能性が大幅に高まるという状況でした。けれど、その大切な試合に、NCAA1部のゴンザガ大で活躍する八村選手と、日本人2人目のNBA選手となったグリズリーズの渡邊選手が、アメリカに残り参加できなかった。

富樫:
イランに勝てば21年ぶりのワールドカップ自力出場が叶うというゲームでしたので、絶対に勝つという気持ちしかありませんでした。

小松:
富樫さんは、「良い準備が出来ている、ポイントはリバウンド」とゲーム前の会見で語っていましたね。そして、そのイラン戦、日本はリードを保ち続け97-89で完勝します。連勝を7に伸ばしてグループ2位に浮上、ワールドカップ出場に王手を掛けます。イラン戦の3日後のカタール戦では96-48と圧倒し、日本はついに、自力のワールドカップ出場を成し遂げました。

富樫:
第一次ラウンドで、フィリピン、チャイニーズタイペイ、オーストラリア、フィリピンに4連敗を喫したんですよ。その頃は、ワールドカップ出場権を獲得することは、夢のまた夢、でした。でもチームは胆力を持ってゲームを丁寧に戦っていきました。第2次ラウンド、はカザフスタン、イラン、カタールという強豪揃いで、その厳しいグループの中で2位になれたことも、とても自信になりましたね。もちろん代表に、ニック・ファジーカス選手や八村選手、渡邊選手が加入したことがチームの大きな推進力になったのですが、苦しい試合を重ねるごとに、一人ひとりが選手としても成長する機会になっていったのも事実です。その結果、チームの力も倍増します。1年8ヶ月に及ぶワールドカップ予選は、僕にとってもかけがえのない経験になりましたね。

小松:
Bリーグの試合だと?

富樫:
開幕の川崎ブレイブサンダースとの開幕2試合です。ニック・ファジーカス選手のいない川崎に連敗したんですよ。うちが得意とするトランジションオフェンスもまったく不発に終わってしまって。第2戦は、前半に最大21点の大量リードを奪いながら、そこから逆転負けを食らったんです。その時に、「今年のジェッツは大丈夫だろうか」と悩みました。実際にコートに立った僕自身、周りの選手とまったく噛み合ってない感覚がありましたから。

小松:
そこまで深刻でしたか。

富樫:
はい。実はプレシーズンに、代表でカザフスタン戦があって、ジェッツの練習や試合に全然参加できなかったんですね。代表から戻ってきて、開幕まで2週間ほどだったのですが、チームがスケジュールの関係で試合を組んでなかったんです。僕にとって、開幕戦がチームとしての初戦だった。噛み合っていないという違和感を持ったまま開幕したら、やはり連敗でした。

小松:
2018-19シーズン序盤のジェッツの連敗は、バスケファンにとっても衝撃でした。

富樫:
このままでは、勝てない。チーム全員がそうした危機感を持って集中して練習に向き合うようになっていきました。さらに、試合を重ねていく中で呼吸を合わせていきました。すると、見る見る歯車が噛み合っていき。それで連敗後に14連勝したんです。

小松:
開幕の連敗に対する危機感が、14連勝に繋がっていったのですね。敗戦が続いていた時、チーム内はどういう状況だったのでしょうか。そしてそこからどう挽回していったのでしょうか。次回はそのあたりからお話を聞かせてください。

富樫:
はい、よろしくお願いします。
(つづく)
第2回はこちら

小松成美

プロフィール
神奈川県横浜市生まれ。広告代理店、放送局勤務などを経たのち、作家に転身。
生涯を賭けて情熱を注ぐ「使命ある仕事」と信じ、1990年より本格的な執筆活動を開始する。
真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。
主な作品に、『アストリット・キルヒヘア  ビートルズが愛した女』『中田語録』『中田英寿 鼓動』『中田英寿 誇り』『イチロー・オン・イチロー』『和を継ぐものたち』『トップアスリート』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『なぜあの時あきらめなかったのか』『横綱白鵬 試練の山を越えてはるかなる頂へ』『全身女優 森光子』『仁左衛門恋し』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』『虹色のチョーク』などがある。最新刊、浜崎あゆみのデビューと秘められた恋を描いた小説『M 愛すべき人がいて』はベストセラーとなっている。
現在では、執筆活動をはじめ、テレビ番組でのコメンテーターや講演など多岐にわたり活躍中。

福岡耕造

プロフィール
写真家、映像作家
人物撮影を中心に広告、出版他多くの媒体で活動する。
撮影対照はアスリート、タレント、音楽家、政治家、市井の人々など多岐にわたる。
代表作品は「島の美容室」(ボーダー・インク)、「ビートルズへの旅」リリーフランキー共著/新潮社)など。

撮影 : 福岡耕造
演出.編集 : 福岡耕造
アート・デレクション : mosh
音楽 : 「Room73 」波・エネルギー