新井楽人(日本大学)/インパクトを出すために早期に志望届を提出“全国未経験”からはい上がったイケメンスラッシャー B.LEAGUE DRAFT 2026

日本バスケットボール界が大きな転換期を迎えるなかで開催される「B.LEAGUE DRAFT 2026」 。この舞台に立つ候補選手たちは、いま何を想い、どのような覚悟でプロへの扉を叩こうとしているのでしょうか 。本連載は、実績やデータだけでは見えてこない彼らの”等身大の声”に迫ります。度重なる苦難を乗り越えた不屈の精神や、チームのために徹した献身的な姿勢 。一人のアスリートとして、人間として歩んできたこれまでの軌跡と、新たなステージへの決意 。ドラフトという運命の日を目前に控えた、彼らの「現在地」を届けます。
新井 楽人
あらい・がくと/日本大学4年/190cm・90kg/SG・SF/2004年3月11日(21歳)/沼津中央高校卒/愛知県出身
※年齢はドラフト当日の2026年1月29日時点
昨年11月14日。強豪大学でプレーする選手としては一人目となる「B.LEAGUE DRAFT 2026」志望届提出が発表されると、SNSのバスケットボールファンは「ようやく来た!」と大きく湧きました。
「ドラフトなんだからやっぱり注目を集めたほうがいいなと思って。最初に出すか最後に出すかを迷って、最初に出しました」
思惑どおりのインパクトを残すことに成功したのは、日本大学4年の新井楽人選手。190cmの上背と、長身から繰り出される切れ味鋭いペイントアタック、さらにフィジカルを生かしたボールマンディフェンスを強みとするウイングプレーヤーです。2024年のインカレでは米須玲音選手(川崎ブレイブサンダース)らとともに優勝に貢献し、優秀選手賞も受賞。今年度も秋の関東大学バスケットボールリーグ戦(1部)で優秀選手賞に輝きました。

バスケットボール好きな両親のもとに生まれ、NBAやBリーグの試合を日常的に見て育ってきた新井選手は、小さい頃から「プロになりたい」という夢を持っていました。そして、それが現実味を帯びてきたのは高校3年生の頃だったと振り返ります。
「小さい頃はとりあえず言ってはみるけど『本当にプロなれるのかな』という感じでした。でも、日本大学に進学することが決まったときに『ここなら本気でバスケができるし環境も整っている。プロも視野に入ってくるかもしれない』と考えるようになりました」
新井選手は小中高と全国大会への出場経験がありません。クラブチームメインでプレーしていた中学時代は県ベスト8、沼津中央高校時代もインターハイ県予選3位が最高成績で、国民体育大会(現国民スポーツ大会)も予備選手止まりでした。それでも、監督の縁などにも助けられ、多くのプロ選手を輩出する強豪大学への進学が決まったことで未来が切り開かれました。

大学入学当時の体重は、現在から10kg以上軽い78kg。「点が取れれば試合に出させてもらえた」と話す高校時代と異なり、自身が苦手としていたディフェンスに重きを置く日本大学では、なかなか出場機会を得られませんでした。そんな中で「オフェンスは先輩たちがどうにでもしてくれる。とにかくディフェンスでハードワークしよう」と練習や肉体改造に着手し、2年時からコンスタントに出場機会を得るようになりました。
昨年3月12日、「B.LEAGUE DRAFT 2026」の開催概要が発表されました。プロを目指す大学生たちは「このシーズンにどのようなプレーを見せるかが自分の将来を決める」という意識が強まったはずです。新井選手もその一人だっただけに、春先に足のケガを負い、候補となっていたU22日本代表を辞退することになったときは「無理やりにでも出ようかと考えましたし、結構落ち込みました」と話します。
ただし、新井選手はそこでへこたれませんでした。8月末のリーグ戦を復帰時期に定めると「ケガをして良かったと思えるくらい練習しよう」と徹底的にシューティングに取り組み、それまで苦手意識が強かった3ポイントシュートの精度を上げることに注力。「リーグ戦での確率はあまり良くなかったですが、自信を持って打てるところまではいけました」と、プレーの幅を広げることに成功しました。ここからプロの世界でさらに確率が上がっていけば、得意とするペイントアタックとの相乗効果で、より的が絞りづらい、対戦相手にとってやっかいな選手になることでしょう。
幼少期には当時、新井選手の地元・愛知県でプレーしていた比江島慎選手(当時シーホース三河、現宇都宮ブレックス)のプレーに憧れていたと話すものの、今は「行きたいチーム」ではなく「求められるチーム」で力を磨き、長いプロキャリアを歩む、というイメージを持っているといいます。
「最大の目標は日本代表に入って活躍することですが、長くプレーし続けられる選手でいることも同じくらい大切な目標です。プロアスリートの寿命は一般的な職業に比べれば短いですが、Bリーグの先輩には、40歳になっても活躍を続けている選手もいます。自分もそんな選手になりたいと思います」
