アルティーリ千葉が挑む「セミファイナルの壁」の正体
アルティーリ千葉に関するこの記事は、あまり真面目になり過ぎずに読んでみていただきたい。戦術的な分析や戦力の評価などとは別のドラマ、劇的な要素を紹介しようとしているにすぎないからだ。それでもまずは数字から入ることになる。
B2情報に精通している人なら、以下の数字が何を示しているかがすぐにピンとくるかもしれない。
160-20
82-8
6-0
1-4
一番上は、アルティーリ千葉がB2に昇格してから今季までの、レギュラーシーズン通算の勝敗だ。160勝20敗は.889という驚くべき勝率になる。2番目はその中でホームだけに絞ったデータで、82勝8敗の勝率.911とさらに勝率が上がる。3番目は今年の結果も含むクォーターファイナルの戦績で、ここでは1度も負けたことがない。
4番目も、もうおわかりだろうか。これはアルティーリ千葉の、過去2年間のセミファイナルにおける戦績を示している。1勝4敗の勝率.200——過去3年間のレギュラーシーズンとクォーターファイナルで166回できている「勝つ」ということが、セミファイナルに限って——その全てをホームの千葉ポートアリーナで戦ったにもかかわらず——1回しかできていない。アルティーリ千葉にとって、B1昇格という目標がいかに高い壁であり続けてきたかを如実に物語るデータではないだろうか。
信州ブレイブウォリアーズとの対戦となった今年のセミファイナルは、この1:166という比率を3:166まで上げられるか(ホームだけに限れば1:88を3:88に上げられるか)、それをいかにして達成するかという問いかけと同じだ。そう書けば微々たる変動に過ぎないとも思えるが、それがこれまでのところできていない。果たして今年のアルティーリ千葉には、高々そびえ立つような「微々たる変動」を今度こそやりきる力があるだろうか?
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13-13-13-13-18
セミファイナルの相手に決まった信州と戦ったレギュラーシーズン最終節の2試合は、プレーオフ全試合のホームコートアドバンテージを3月半ばに確保していたアルティーリ千葉にとって、その後の戦況に影響する試合ではなかった。誇りにできる記録はいくつか懸かっていたが、チームとしては、大塚裕土キャプテンが「ホーム無敗記録も歴代最高勝率更新も欲しくありません」と明言したほどB1昇格とB2優勝にフォーカスしていた。記録に心は全く向いていなかったに違いない。
しかし、だからといって勝利を目指すことからフォーカスをブレさせる理由にはしなかった。最後に負けてプレーオフに突入するなど想像することさえできなかったことだろう。クラブのXアカウントで、長谷川智也の「クォーターファイナルでどれだけチームが勢いに乗れるかに懸かっている」とのコメントも発信されていたが、レギュラーシーズン最終節を良い形で終えてこそ、クォーターファイナルに弾みをつけられるというものだ。
アルティーリ千葉は最終節で信州から2つ白星を奪い、結局のところ昨季自身が作った最高勝率記録の更新、30勝無敗のホームゲーム歴代最高勝利数新記録樹立を達成。今季は3度の13連勝を経て、最後に、これも昨季樹立したクラブタイ記録に並ぶ18連勝でクォーターファイナルに突入し、熊本ヴォルターズをスウィープして3年連続のセミファイナル進出を決めた。今季中に想像し得たことのほとんど全てをやり切った現在のアルティーリ千葉は、ついに上記の「微々たる」変動を起こす兆候を見せているように思える。
加えて、実はもう一つ不思議な暗示がある。13という数字の壁だ。
アルティーリ千葉は昨レギュラーシーズンの最後も13連勝で終わっていた。今レギュラーシーズンは、それと同じ「13の壁」を前に中盤戦までは前述の通り3度足踏み。どこか、「去年の自分たちを越えてみろ」とでも言いたげな「13の壁」を突き抜けたのは最後の4回目のチャンスだった。最終的には、ご存じのとおり、60試合目まで続いたクラブ記録タイの18連勝とともに新たなリーグ最高勝率記録が生まれている。勢いそのままのクォーターファイナルでは、後半戦でアルティーリ千葉に負けないほどの勢いを示していた熊本を相手に、レギュラーシーズン中からの連勝を20まで伸ばしたところだ。
レギュラーシーズン60勝には届かなかったが…
これだけ力強い戦いぶりでレギュラーシーズンを乗り切ったアルティーリ千葉が、試合の勝ち負けに関する記録の面で達成しなかったのは、60勝無敗のパーフェクトくらいのものではなかっただろうか。
開幕からの13連勝が続いている間に、アンドレ・レマニスHCに真面目な質問として「今季は60勝を目指すという目標設定はどうですか?」と聞いたことがあった。ばかばかしいと取られてもおかしくなかったが、レマニスHCの回答は以下のように真摯な内容だった。
「私にとって、目標は常に日々向上するということ。個々の選手たちは日々の練習に取り組んで、試合の当日になったら全力を尽くして勝利できるようにプレーする。もちろん毎試合勝とうとしてはいますが、この旅路で重要なのはあくまでもプロセスであって、チームとして、個人として常に向上するということに尽きます」
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レマニスHCは「60勝しようよというのは、チームにとって(あまりに大きなプレッシャーをかけてしまう)アンフェアな目標ではないでしょうか。それに、負けることで初めて分かるチームの特徴もあるものですしね」とも話してくれた。
終わってみれば、レマニスHCが言葉にしたプロセスは1勝の積み重ねを57回遂行するという結果となった。
アウェイで敗れた3試合はいずれも前半をビハインドで終え、2桁の点差を負う状況がどこかのタイミングで訪れそこから挽回しきれなかった。ただし、そのうち2試合は最後に2ポゼッション差以内の決着に持ち込んでおり、40分間の全てを戦い終えるまで粘り続け、勝ち筋を見つけるところまでは来ていた。このプロセスを通じて、アルティーリ千葉のプレーヤーたちは自らの本性を自覚できたに違いない。
さて、ここでもまた数字が何かを語っているように思える。アルティーリ千葉はクォーターファイナルを終えた時点で、レギュラーシーズン開幕から通算59勝を挙げている。セミファイナルでの1勝は、レマニスHCが「チームにとってアンフェアではないか」と感じた60勝目。61勝目はB1昇格を意味する。3回負けたことにより、「アンフェアな目標を乗り越えたらB1昇格」という状況となっているのだ。
「魔物」に挑む
アルティーリ千葉がセミファイナルで戦う信州は、アウェイで鹿児島レブナイズとゲーム3まで戦い、最後はたった10人の登録で勝ち切った。B1昇格の決意に燃える現在の信州は勢いもあり、レギュラーシーズン中以上に結束を強めて千葉ポートアリーナにやってくる。
しかし、アルティーリ千葉が本当に戦わなければならない相手は、実は信州ではないのかもしれない。
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一昨年の5月、アルティーリ千葉は長崎ヴェルカとのセミファイナルに臨んだが、ゲーム1開始早々に当時スターターを務めていたレオ・ライオンズが負傷して離脱。当初のゲームプランを変更して戦い、ゲーム2で1勝をもぎ取ったものの、最終的に1勝2敗で敗れた。そして昨年のセミファイナルは、レギュラーシーズン中に5勝1敗と大きく勝ち越していた越谷アルファーズに力負けし、スウィープを食らった。昨季の連敗はこのときだけ。レギュラーシーズンのホームゲーム30試合全体で2回しか負けなかったのに、セミファイナルの2試合でそれは起きた。
これらはもちろん全て、千葉ポートアリーナで起こったことだが、その伏線のようなエピソードとして、2018年6月のFIBAワールドカップ2019アジア地区予選を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。八村塁とニック・ファジーカスが日本代表デビューを飾ったオーストラリア戦が千葉ポートアリーナで行われ、日本代表が79-78で勝利した。このとき、オーストラリア代表を率いていたのがレマニスHCだ。オーストラリア代表はその後チームを立て直し、最終的にワールドカップ本大会でベスト4入りを果たしている。しかし、当時世界ランキング10位だったオーストラリア代表を同48位の日本が破った歴史的大金星は、レマニスHCにとっては非常に苦い薬だったに違いない。
レギュラーシーズンでは圧倒的な強さを誇るレマニスHCとアルティーリ千葉だが、なぜか、どこか不運を感じさせる結果につきまとわれているようなこれまでのセミファイナル。まるで、高校野球で時折聞かれる「甲子園には魔物が棲んでいる」というのと同じような現象に思えてくる。
木田貴明、黒川虎徹、前田怜緒、デレク・パードン、長谷川智也、杉本慶、鶴田美勇士、大崎裕太、ブランドン・アシュリー、トレイ・ポーター、大塚裕土、熊谷尚也の12人に、3月末まで特別指定選手としてブラックネイビーのユニフォームを着た渡邉伶音も含めた今季のロスター。レマニスHC以下のコーチ陣とスタッフ。この人たちは今季を通じて、バスケットボールのプロクラブとしてやるべきことを全てやってきた。あとは普段の姿をA-xx(アルティーリ千葉ファンの愛称)にさらし、ゴールインまで突っ走るだけだ。
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その上でやるべきことがあるとすれば、過去のセミファイナルでチームと同じく悔しい思いをしたA-xxとがっちり一体になることに尽きるかもしれない。会場に花を添えるAills(アルティーリ千葉のダンスパフォーマンスチーム)の舞にも誘われて、A-xxは魔物さえ怖気づくような大歓声で一緒に戦うだろう。それが必要になる時が必ず来る。
仮にゲーム3に突入する場合には平日の月曜日で、ティップオフは毎度のホームゲームと同じ15時。この日に来場できるA-xxの数は減るのかもしれないが、それでも情熱はチームに届くに違いない。チームとしては、身に染み付いたルーティンを経てベストコンディションで試合に臨むことができるという利点もある。
これら全てが好転したとき初めて、アルティーリ千葉はB1という新たな地平に立っているのだろう。クラブ創設から4年間の歴史を経て悲願達成なるか? 大勝負のときがやって来る。
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