新井 翔太(青山学院大学)/華やかな中学時代とその後の苦悩…より高みを目指すストイックな司令塔 B.LEAGUE DRAFT 2026

日本バスケットボール界が大きな転換期を迎えるなかで開催される「B.LEAGUE DRAFT 2026」 。この舞台に立つ候補選手たちは、いま何を想い、どのような覚悟でプロへの扉を叩こうとしているのでしょうか 。本連載は、実績やデータだけでは見えてこない彼らの”等身大の声”に迫ります。度重なる苦難を乗り越えた不屈の精神や、チームのために徹した献身的な姿勢 。一人のアスリートとして、人間として歩んできたこれまでの軌跡と、新たなステージへの決意 。ドラフトという運命の日を目前に控えた、彼らの「現在地」を届けます。
新井 翔太
あらい・しょうた/青山学院大学4年/172cm・72kg/PG/2004年3月2日(21歳)/実践学園高校卒/東京都出身/利き手:右
※年齢はドラフト当日の2026年1月29日時点
「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」の会場で、ひときわ強い決意と自信をみなぎらせていた一人のプレーヤーがいました。青山学院大学4年の新井翔太選手です。

身長172cm。PGとしても決して大柄ではない彼が、なぜこれほどまでに注目を集め、プロの世界を見据えて堂々と振る舞えるのか。その裏側には、子どもの頃から順調に築いてきたキャリアと、その後、経験した壁、葛藤を乗り越えてきた背景がありました。
新井選手はバスケットボール一家に育ち、小学1年生から競技を始めると、幼少期から卓越したスキルを磨いてきました。小5からは「bjアカデミー」のU15に飛び級で参加し、中学生に混ざってフィジカルの差をスキルで凌駕する術を学んだといいます。
その才能が全国に知れ渡ったのが、実践学園中3年時の全中(全国中学校バスケットボール大会)でした。決勝トーナメントでは、1試合平均30点近い驚異的な得点力を発揮し、チームを全国制覇へと導きました。当時の新井選手を突き動かしていたのは、「ひたすら点を取って、みんなを勝たせたい」という純粋な衝動でした。

高校も実践学園高へと進みましたが、ここで新井選手は最初の大きな壁にぶつかります。留学生プレーヤーの存在です。中学までのように得点を量産するだけでは通用しない現実を突きつけられ、アシストを意識した「ガードとしてのプレースタイル」への転換を余儀なくされました。
その苦悩は、青山学院大学進学後にさらに深まります。1年生のときにチームが負け続け、2部リーグへの降格を経験。「チームはこんなにも壊れてしまうんだ」と初めての経験をしたと振り返ります。2部でも名門・青学の名を背負いながら、結果の出ない日々が続きました。「本当にバスケを辞めようかと考えていました」と振り返るほど、当時の精神状態は追い詰められていたといいます。加えて、同期の選手たちがプロの舞台へと先に進んでいく姿を見て焦燥感に駆られる日々。しかし、そのどん底の時期があったからこそ、彼は自らの本質を見つめ直すことになります。
転機となったのは、現役時代にプロとして活躍した竹田謙氏が青山学院大の監督に就任したことでした。「竹田さんはプレーや戦術などはいろいろと教えてくれるのですが、『あとは自分たちで考えなさい』と、自由にプレーさせてくれました」と新井選手。それにより自分で判断してプレーする楽しさを思い出し、3年時に2部で成績を残し、入れ替え戦にも勝利して1部復帰。しかし、1部で戦った大学ラストシーズンは「1年生のときのことがトラウマになって不安でした」と、連敗のスタート。そんなとき、ガードとしての役割を考え過ぎるあまり、自分の強みを見失っていた新井選手に対し、竹田監督が放ったのは「点を取ってほしい」という極めてシンプルな言葉でした。

この一言で迷いが晴れた新井選手は、「点を取ることこそが自分らしさであり、自分の価値。そこを曲げたら意味がない」とプレーし、見事な復活を遂げます。チームも勝ち星を重ね、「今までの4年間で一番楽しいリーグ戦でした」と、インカレ出場もつかみ取りました。
「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」のインタビューで、新井選手は「自分の価値は点を取ること」と断言しました。172cmというサイズでありながら、ピック&ロールからの2対2の展開、そして外国籍選手に対しても負けない1対1の強さに絶対の自信を持っています。
彼が理想とするのは、富樫勇樹選手(千葉ジェッツ)や河村勇輝選手(シカゴ・ブルズ/2ウェイ契約)のような、圧倒的な個性を放つ「唯一無二のプレーヤー」です。また、尊敬する並里成選手(ファイティングイーグルス名古屋)からは「自分を閉じ込めるな」というアドバイスを受け、PGとしてゲームを支配するだけでなく、いかに自分を表現するかを追求しています。
かつては「かっこいい選手になりたい」という漠然とした夢だったプロへの道。それが今、日本代表として世界と戦う河村選手の姿に刺激を受け、「自分もあの舞台に立ちたい」という明確な目標へと変わりました。
新井選手の魅力は、そのプレースタイルだけではありません。取材で見せる言葉の端々には、支えてくれた両親や恩師、先輩への深い感謝がにじんでいます。プロでの報酬の使い道を問われ「バスケのアイテムや体のケアなど、結局全てバスケにつながることに使うと思います」と答えるストイックさは、すでに彼がプロフェッショナルであることを物語っています。
ドラフト制度という未知の環境に対しても、不安を認めつつ「自分への自信はしっかりと持っている」と言い切る精神的なタフさ。大学4年間を戦い抜き、逃げずに苦境と向き合ってきた自負が、その言葉に重みを与えています。
新井翔太選手のこれまでの歩みは、決して平坦なものではありませんでした。しかし、全国制覇の栄光も、2部リーグ降格の挫折も、全ては彼が「最強のPG」として羽ばたくために必要なプロセスだったと言える日が来るかもしれません。サイズを言い訳にせず、得点力という特別な武器を携えてコートを駆けるその姿は、多くのファンに勇気を与えるはずです。
