内山 晴輝(静岡GYMRATS)/元ウインターカップ準Vエース、トッププロを目指す最年少エントリー選手 B.LEAGUE DRAFT 2026

日本バスケットボール界が大きな転換期を迎えるなかで開催される「B.LEAGUE DRAFT 2026」 。この舞台に立つ候補選手たちは、いま何を想い、どのような覚悟でプロへの扉を叩こうとしているのでしょうか 。本連載は、実績やデータだけでは見えてこない彼らの”等身大の声”に迫ります。度重なる苦難を乗り越えた不屈の精神や、チームのために徹した献身的な姿勢 。一人のアスリートとして、人間として歩んできたこれまでの軌跡と、新たなステージへの決意 。ドラフトという運命の日を目前に控えた、彼らの「現在地」を届けます。
内山 晴輝
うちやま・はるき/静岡GYMRATS/184cm・81kg/PG・SG/2007年2月17日(18歳)/鳥取城北高校卒/静岡県出身
※年齢はドラフト当日の2026年1月29日時点
「B.LEAGUE DRAFT 2026」における最年少エントリー選手が、18歳の内山晴輝選手です。
高校バスケファンであれば、彼の名前に聞き覚えのある方もいるのではないでしょうか。鳥取城北高校3年時の2024年、内山選手は新谷勇晴選手(日本体育大学1年)とのダブルエースとしてチームを率い、ウインターカップで躍動。鳥取県勢初となる決勝進出を果たしたのです。
高校卒業後は、関東1部の神奈川大学に進学しましたが、その僅か数か月後に、彼は大学を中退して別の道を歩み始めました。
一見すると早過ぎる決断はどんな経緯だったのか。内山選手はまず、「大学側に何か問題があったということは一切ない」と強調し、自身が目指す目標とその目標に到達すべく決断したことだったと話します。
「自分が目標にしているのはBリーグに入るだけじゃなくて、 Bリーグでトップレベルの選手になること。大学では個人ワークアウトに費やす時間が少ないと思っていたんです。それならば、昔からお世話になっているコーチのところで、とにかくワークアウトに励んだ方が良いのではないかと考えました。Bリーグでトップレベルの選手になるためには、今の自分には個人スキルが圧倒的に足りていない。そこを磨くために環境を変える選択をしました」
現在は地元静岡県のクラブチーム・静岡GYMRATSに籍を置き、日々鍛錬に励んでいます。その練習量はすさまじく、普段は3~4部練習が当たり前。朝9時からワークアウトを始めて、お昼休憩を挟んでまたワークアウト。夜は子どもたちのスクールで指導をしつつ自らもそれに交じって練習し、スクール後にはコーチ陣との対人練習。1日が終わるのは22時半を過ぎる日もあるとか。それでも、そう語る内山選手の表情からは充実感が漂い、クラブ名のとおり、まさに“ジムラッツ(体育館=GYMに住みつくネズミ=RATのように、バスケに打ち込む熱心な選手)”な生活を送っています。
圧倒的な練習量を確保できるようになったことで、昨年末に開催された「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」でも手応えを得られました。特に高校卒業以来、約半年ぶりだったという5対5のスクリメージでは、「大学のトップの選手たちに通用する部分が増えた」と内山選手。静岡GYMRATSでの日々で、「圧倒的に伸びたと思うのが、頭を使うところとハンドリング。頭のところでは、高校ではスコアリングを求められていて、でもスコアラーはただ点を取る選手だと当時は勘違いしていたんです。深く考えずにシュートを打ってしまう場面も多くて、それを静岡GYMRATSのコーチから指摘されました。考えながら点を取ることを教えてもらって、例えば自分で点を取るだけではなく、自分がおとりになって味方に点を取らせることもスコアラーの役割だと。ハンドリングも個人ワークアウトの成果があって、ボールを失うことが少なくなりました」と成長を実感しています。
また、「B.LEAGUE DRAFT 2026」が開催される頃、彼はアメリカで武者修行をしていると言います。静岡GYMRATSでの内山選手の師・岡田卓也コーチ(B1川崎ブレイブサンダース岡田大河選手の父)のつながりで1~2月はホームステイをしながら本場でワークアウト、2~3月は現地で静岡GYMRATSに合流してABA(米独立リーグ)のシーズンに参戦、その後、再びホームステイをしながら過ごして4月に帰国予定とのことです。
“普通”であれば経験し得ない環境に身を置く内山選手。もちろん、今回の「B.LEAGUE DRAFT 2026」で指名されることがベストとしつつ、「自分はまだB.PREMIERですぐに活躍できるレベルには達していない」と自身の立ち位置を客観視もしています。彼にとって今回のエントリーと「B.LEAGUE DRAFT 2026 COMBINE」への参加は、「内山晴輝という存在が関係者の頭に残ってくれれば」という思いも秘められているのです。
この記事を読んでいる皆さんも、内山選手の名をぜひ覚えておいてください。
