人を育て、クラブの新たな価値を創り出すGMの実践「第3回B.LEAGUEクラブ組織デザイン勉強会」

現場と経営を繋ぎ、クラブの価値を創造するGMの視座
6月17日、B.LEAGUEは「クラブ組織デザイン勉強会」をオンラインで開催した。第3回となった同勉強会は、B.LEAGUEが推進する「B.革新」に向け、各クラブのGMの在り方について学ぶことを目的とするものである。
近年、サッカー界では「GM(ゼネラルマネージャー)」という役職が「SD(スポーツダイレクター)」や「FD(フットボールダイレクター)」へと細分化・移行しつつあるが、現場の強化と経営を繋ぐという本質的な役割は変わらない。今回は、Jリーグ・水戸ホーリーホックでは強化部長から取締役GMまでを歴任してクラブを初のJ1に導き、現在はRB大宮アルディージャでSDを務める西村卓朗氏が登壇した。
第1回ではJリーグ・ファジアーノ岡山の木村正明オーナー、服部健二GM(現名古屋グランパスSD)が登壇し「チームを強くする組織とGMの在り方」を紹介し、第2回では琉球ゴールデンキングスの安永淳一GMが登壇して「クラブの『理念』が日々の判断や組織づくりにどう生かされているか」について体験談を共有した。第3回となる今回のテーマは、「スポーツオペレーションが担うクラブの価値作り」。時間が許す限り自身の経験を伝えた西村氏は、①選手の人間力育成、②組織を強固にするチーム作り、③事業領域と連動した新規事業の創出、という3つの柱が大切であると語りかけた。多読家であり勉強家として知られる西村氏から数多の実践的な知見が共有され、参加した各クラブの経営者、GMにとって、非常に内容の濃い時間となった。
その西村氏は、浦和レッズや大宮アルディージャなどで11年間にわたりプレーするなど元プロ選手でもあり、大宮時代にはJ1昇格に貢献した経歴を持つ。150試合出場という数字に対して自身を「努力型の選手」と紹介する同氏は、引退前にJリーグのキャリアサポートセンター(現Jリーグ人材教育・キャリアデザインチーム)を通じてビジネスの世界を経験。オフシーズンに企業のインターンシップへ参加し、「社会や会社とはこういうものか」と肌で学んだことが、視点を変え視座を高める大きな転機となったと語る。「社会におけるスポーツ選手の価値とは何か」という根源的な問いと原体験が、GMとしてのキャリアの確固たる基盤となっている。
長く活躍する選手の「人間力」とプロの「2つの仕事」
講義の序盤、西村氏はプロスポーツ選手が担うべき役割を明確に定義した。それは「オン・ザ・ピッチの追求」と「オフ・ザ・ピッチの発信」の2つである。
選手が技術や戦術の向上に努めるのは当然のこととしたうえで、後者について競技の価値向上や普及を目的とした社会への発信活動が不可欠であると強調。「選手自身が“プレイヤーズファースト”という言葉を振りかざすことに、警鐘を鳴らしています。サッカー選手は超エキスパートであるがゆえに分業化され、自分のセクションしか見えなくなりがちです。だからこそ、自分たちがどういうフィールドの上に立ち、社会とどう繋がっているのかを、理屈と体感で理解させる必要があります」と語る西村氏は、選手への継続的な啓発の重要性を指摘。そして、Jリーグの大規模アンケート結果を引き合いに出し、長く活躍できる選手の条件として「主張力と傾聴力」の重要性を提示した。自らの考えを主張するだけでなく、他者の言葉に耳を傾ける力も求められる。当然、その逆も然りだ。こうした社会人基礎力(ポータブルスキル)や価値観(スタンス)といったベースのうえに、競技面の専門的スキルを持つという「人間力」を育成していくことが、結果的に選手の寿命を延ばし、クラブの価値を高めることへと繋がっていると力説した。
また、組織を強固にするという観点から、西村氏はスポーツドクター・辻秀一氏(『スラムダンク勝利学』著者)の理論を参照し、「エクセレントなチーム」を構成する下記3つの要素を紹介した。
- 自立した「個人」
- 目的が共有された「全体性」
- 深い「関係性」
チーム作りは単に有能な選手を集めればいいというものではなく、この3要素をいかに高めていくかがGMの手腕に委ねられると強調。加えて、最前線にいるGMだからこそ向き合わなければならない危機として、「成績不振」「経営不振」「コンプライアンス違反」の3つにも触れ、“スポーツクラブ特有の複雑な問題であるが、GMとして逃げることなく最前線で対応し、解決し続ける責務を負わなければならない”と考えを示している。

競技成績と経営の連動、そして新規事業への挑戦
続いて触れたのが、競技成績と売上・人件費には強い相関関係があるという点だ。
西村氏が水戸に就任した2016年当時、クラブの売上は約5.8億円だった。Jリーグで生き残るため、西村氏は強化部長の枠を超えてGM、取締役へと役割を拡大。結果的に、成績向上による観客増や広告価値の向上のみならず、ビジネススタッフの採用や育成にも踏み込み、退任前には売上を16億円規模まで引き上げることに成功している(なお、水戸は2025年、J2参入から26年をかけて悲願のJ1初昇格を果たしている)。
西村氏が水戸のフロントに在籍していたのは前述の2016年から2025年までだが、その間には未曾有のコロナ禍という苦しい時期もあった。しかし水戸は、そうした逆境の中でも歩みを止めず、広告やスポンサー、チケット収入、放映権、グッズ売上、会員費といった従来の収益源に次ぐ「6つ目の柱」として、様々な新規事業にチャレンジしていった。代表的なのが選手向け研修「Make Value Project*(メイクバリュープロジェクト)」の体系化であり、農業と連携した「グラスルーツファーム」、アマチュア選手と地元企業をマッチングさせて人手不足を解消する社会人チームの創設、さらにベトナムやドイツのクラブとの提携などである。10年間で7つもの新規事業を形にしたというのだから驚きだが、この苦しい時期に絶えず行っていた「種まき」こそが、結果的にクラブの売上規模を大きく押し上げる要因となったのである。
*=水戸が所属選手を対象に実施する、サッカーの枠を超えて社会に通用する「人間的成長」と「自身の価値向上」を促すための独自の人材育成・研修プログラム
しかしながら、全ての新規事業が成功を収めたわけではない。西村氏は「失敗したこともたくさんあります」と明かしたうえで、失敗を含めた試行錯誤こそが新しい価値を生み出す原動力になったと解説。自身のベースにある考え方として経営学の「エフェクチュエーション(実行論)」という概念を紹介した。それは、緻密な予測から逆算して「失敗を避ける計画」を立てるアプローチ(因果論)ではなく、すでに手元にある資源を活用し、許容できる損失の範囲内でまずは行動を起こすというもの。たとえ失敗しても致命傷にはならず、そこから得た学びや繋がりを次のプロセスへ活かすことができる。この「失敗を前提として試行錯誤を繰り返す」スタンスこそが、結果的に予測不能な地域や企業の課題解決に直結していったとしている。
外資参入の最前線と「B.革新」が描く未来
現在、西村氏が籍を置くRB大宮アルディージャは、レッドブル・グループの参入により、国内で唯一の外資系・マルチクラブ・オーナーシップ体制(1つの企業や投資グループが、国や地域をまたいで複数のスポーツクラブを保有・経営する仕組み)という珍しいクラブである。巨額の投資が行われる新モデルが成功すれば、サッカー界全体の規模拡大だけでなく、他の競技にも波及する可能性を秘めていると、西村氏はその意義を見据えている。
「レッドブルが掲げる『翼をさずける』という理念を、選手たちに共有するプロジェクトをすでに始めています。選手たちにそうしたインプットの機会を与え続ける。そうすることで、マインドは確実に変わっていきます」。西村氏は、環境が激変する中でも理念浸透のプロセスを重視していると強調した。
こうした抜本的な変革や新たな挑戦を進める上で、避けて通れないのが内部における既存の価値観との衝突だ。クラブが成長のフェーズを進める過程では、必然的に古い体制と新しい体制の交代期が訪れる。その際、新旧の対立をいかにして防ぐか。それが組織マネジメントの大きな壁となる。この課題に対し、西村氏は「徹底した相互理解」を解決策として提示。現場へ足しげく通い、旧体制の苦労や背景に耳を傾ける。新しいものと古いものを対立させる二項対立ではなく、両者を統合する二項動態の概念を持つことが鍵となると語った。
「お互いの相互理解が深まらないと、すべてがぶつ切りになり、良いものを残すことができなくなります。泥臭く対話することで、『同意はしないが、決まったことには全力で取り組む(Disagree but Commit)』という状態に導くことが最重要です」(西村氏)
B.LEAGUEは現在、「B.革新」に向けた変革期という新たなフェーズを迎えている。本勉強会を主催するB.LEAGUEの増田匡彦常務理事も、「勝ち負けだけでB.LEAGUEの価値ができているわけではない。一つの『勝ち』は事業価値を高めるための価値であって、それが全てではない」と、新たな価値創造の必要性を説いている。
競技成績を超え、ビジネスとスポーツの融合が求められる現代において、GMは単なるチーム編成の責任者にとどまらない。論理と数字を重んじるビジネスパーソンと、感情と身体性を伴うスポーツパーソンが相互に学び合う環境を創出し、クラブの事業価値を高め、新たな可能性を作り出していくキーマンである。今回共有された西村氏の実践的なノウハウとプロセスは、変革期を迎えるB.LEAGUEの各クラブGMにとって、かけがえのないヒントとなるに違いない。

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