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未来年表 ~ドラフト指名選手の10年計画~ Vol.4 田中流嘉州(長崎ヴェルカ)

2026.08.28

選手

『B.LEAGUE DRAFT 2026』で指名を受け、プロアスリートとして最初の一歩を踏み出した選手たち。彼らは今、どのような景色を見つめ、10年後の自分をどのように描いているのか。本企画では、コート上の野心からオフコートの私生活まで、自ら書き込んだ「未来年表」を元にキャリアの展望を伺う。第1回、第2回、第3回に続き第4回最後のインタビューは2巡目2位(全体8位)で滋賀レイクスから指名され、現在は長崎ヴェルカに期限付移籍中の田中流嘉州に話を聞いた。

23歳(2026-27シーズン)

「1試合平均5~10分のプレータイム」「新人賞を獲得する」「毎年自分に旅行をプレゼント」

 

りそなグループ B.LEAGUE 2026-27シーズンの目標は、まずはプレータイムをしっかりと増やすこと、そして新人賞を獲得することです。

昨シーズンは特別指定選手として長崎に加入しましたが、正直あまり試合に出ることはできませんでした。大学では試合に出るのが当たり前という環境で、プレータイムがないという経験は初めてのこと。慣れるまでは少し時間がかかりましたが、チームのために今できることをしようと頭を切り替えてからは、周りの素晴らしい選手たちから学ぶことばかりでした。

長崎は昨シーズン優勝しましたが、どんなことをしていれば活躍できるのかを、3ヶ月という短い期間でも間近で見られたのはものすごくいい経験でした。プロは大学と違って、一人ひとりの役割が明確に決まっています。ヘッドコーチから求められている役割をどれだけ毎試合遂行できるかが大事なので、今はそこに集中して練習しています。まずは最低でも5分から10分のプレータイムを当たり前に勝ち取りたい。チームの勝利に貢献し、その結果として新人賞がついてくる、と考えています。
 

優勝チームのなかでさまざまな学びを得た昨シーズン【(C)B.LEAGUE】
 

僕は人と比べるのは好きではありません。比べるべきは「昨日の自分」。スポーツを始めた時からそうで、周りが自分よりすごいかどうかではなく、昨日の自分より今日の自分が1%でも良くなっていれば、目標に近づける。そう信じて毎日成長していきたいです。

24歳(2027-28シーズン)

「長崎の主力になる」「日本代表を目指す」「車の免許取得&車を買う」

 

24歳では、チームの絶対的な戦力になっていたいです。プレータイムが増えれば増えるほど、当然課題も見えてきますし、プレッシャーも増えるはず。その中でも、23歳で得た経験を糧に、どう自分の特徴を出していくかを目指します。

そして、この時期には日本代表も目指したいです。これまでアンダー世代の代表では声をかけていただいていますが、A代表がどういう場所なのか、まだ自分には未知の世界です。まずは一度経験して、「代表とはこういう場所なんだ」「こういうことをしなきゃいけないんだ」と肌で感じることが、その先の成長に繋がると思っています。チャンスは誰にでも来るもの。そのチャンスをモノにするために、常に準備をしておきたいです。

プライベートでは、24歳で絶対に車の免許を取りたいです(笑)。実はまだ免許を持っていなくて。これまでは帰化の手続きや家族の事情、大学のスケジュールなどで、どうしてもタイミングが合わなかったんです。来シーズンのオフには必ず取りに行きます。

免許を取ったら「ランクル(ランドクルーザー)」に乗りたい。これはお父さんの影響です。お父さんは元々サッカーのキーパーコーチをやっていて、ランクルに乗って仕事に行っていたんですよ。その運転している姿がかっこよくてお父さんへの憧れもあって、自分もあの車に乗りたいとずっと思っています。本人に言うと調子に乗っちゃうので、あまり言いたくないんですけどね(笑)。

25歳(2028-29シーズン)

「主戦力として優勝に貢献する」「日本代表でプレータイムを増やす」

 

25歳は戦力としてチームの優勝に貢献し、日本代表でもプレータイムを増やして馴染んでいく時期にしたいです。
 

「準備」の質が一流の選手になるためには求められると語る田中【(C)B.LEAGUE】

昨シーズン、長崎が優勝する姿を間近で見て感じたのは、「怪我をしない体作り」の重要性です。プロは大学と比べて試合数が全然違います。夜更かしや遊びを優先していたら、絶対に怪我に繋がってしまう。食事、睡眠、いかに体を休ませるか。自分の体を「仕事の道具」としてどう整理するか、準備するかがプロには求められます。

ヴェルカの選手たちは特にその準備がすごかったです。中でも、馬場雄大さんは本当にすごかった。食事まで全部自分で管理していて、「これはすごい」と思わされました。僕も、代表でプレータイムを増やすためにも、そういう準備の部分からこだわっていきたいです。

26歳(2029-30シーズン)

「海外挑戦(ヨーロッパ)」「両親に家or旅行をプレゼント」

27歳(2030-31シーズン)

「ヨーロッパで戦力になり、リーグ優勝」

 

26歳、ここが僕のプロ人生で一番の夢である「海外挑戦」のタイミングとして考えています。僕はNBAももちろん憧れますが、それ以上にヨーロッパのバスケに強く惹かれています。

きっかけは大学生になってセットプレーが増えた時。参考映像として、より頭脳的で遂行力の高いヨーロッパのバスケを見て「面白いな」と思うようになりました。最近のNBAを見ても、MVPを獲っているのはヨーロッパ出身の選手が多くヨーロッパの選手育成力はすごいと感じます。だから僕は、ヨーロッパを経験して、そこでしっかりやってから、将来的にNBAに挑戦できたらいいなと考えています。

また、お父さんとお母さんに家か旅行をプレゼントしたいと考えています。僕は小さい頃はサッカー選手になりたかったんです。でも小学校の時にお父さんから「違うスポーツを探せ」と厳しい言葉を言われて。当時はへこみましたけど、あの言葉がなければ今の僕はいません。本当に感謝しています。

そして、僕がこうして日本でバスケができているのは、僕を受け入れてくれた「田中家」のみなさんのおかげです。当時の帰化のルールで5年連続日本に住む必要があったのですが、僕は連続では住んでいなかったので、養子縁組という形で帰化をしました。僕の名前が「田中流嘉州」になったのは、田中家のみなさんが僕を家族として受け入れ、僕の夢を応援してくれたからです。親からすれば、自分の子どもの名字が変わることに葛藤もあったはず。それでも納得してくれた家族、そして受け入れてくれた今の家族に対して、「何かを返したい」という気持ちはものすごく強いです。感謝という言葉を、僕は人生で一番大事にしています。
 

中部大学第一高校時代に日本国籍を取得した田中【(C)伊藤大允】
 

28歳(2031-32シーズン)

「オリンピックでブラジルと対戦」「結婚」

 

オリンピック出場も大きな目標です。バスケットボール界において、FIBAワールドカップももちろん大事ですが、世界中が注目するのはオリンピックだと思っています。その舞台に立つためには、代表で最も「準備」ができる選手でなければならない。技術がある人はどこにでもいますが、本番で準備したことを100%出せる人だけが結果を残せる。それが代表選手なのだと思います。

そしてどうしても叶えたい夢が、オリンピックの舞台でブラジル代表と戦うことです。僕は日本も好きだし、元々の母国であるブラジルも好き。だから、もしブラジル代表と対戦することができたら、自分でもどうなってしまうかわからないくらい泣くと思います。その試合を実現させることができたら、もう引退してもいいと思えるくらい、僕にとっては特別な夢です。

プライベートでは、28歳くらいには結婚をしていたいですね。社会に出て数年が経ち、人生が一番安定する時期だと思うので。今はバスケで精一杯で余裕はありませんが(笑)、その頃にはパートナーや子どもがいて、またさらに頑張れるような環境になっていたいです。

29歳(2032-33シーズン)

「ヨーロッパでリーグ優勝」「オリンピックの結果を受けて、別のリーグへ挑戦」

30歳(2033-34シーズン)

「主戦力としてリーグ優勝」「バハマorカーボベルデ旅行」

31歳(2034-35シーズン)

「海外でキャプテン」「リーダーシップを身につける」

 

29歳から30歳にかけては、キャリアの中で一番いい時期になるはずです。ヨーロッパでの優勝を狙い続けるのか、あるいはオリンピックでの活躍次第で、GリーグからNBAを目指すのか。その時の状況に合わせて、さらに挑戦を続けていたいと思います。

オフシーズンには、家族や友人と一緒に旅行へ行きたいです。僕は海が大好きで、冬でも海に行くくらい。今一番行きたいのは、バハマかカーボベルデ。写真を見るだけで驚くくらい海が綺麗なんですよ。29歳か30歳くらいには、奥さんやみんなを連れて行けるような余裕を持っていたいです。他にもバリ島やフィリピン、台湾。海があるところでリフレッシュするのを、毎年のルーティンにしたいです。

31歳では、海外のチームで「キャプテン」にも挑戦したいと思っています。僕は大東文化大学で初めてキャプテンを務めました。最初は人前で話すのが苦手なので務まらないと思っていましたが、バスケのチーム内であれば意外とできることに気づきました。また、実はキャプテンを務めるにあたって、父が名古屋グランパスにいた頃に一緒だったご縁で、元サッカー日本代表の田中マルクス闘莉王さんに相談したことがありました。

闘莉王さんは本当にリーダーシップがすごくて、憧れの人。彼から教わったのは「一人で責任を負うのではなく、いかに周りの信頼を勝ち取れるか」ということでした。自分が困った時に声をかけられる信頼関係を築くこと。その教えを実践して、大学で新人戦優勝という結果も出せました。この経験を、言葉の壁がある海外のチームでもう一度チャレンジし、リーダーシップを身につけたいです。

32歳(2035-36シーズン)

「オリンピック出場」「日本に戻るか、海外に残るか」「海がある場所に住む」

 

プロ10年目の32歳。再びオリンピックに出場することを目指しつつ、日本に戻るか、まだ海外で挑戦するかを考える時期になると思います。

日本はもう僕にとっての「家」です。家を離れるのは悲しいことだし、いつかは家に戻りたいという気持ちが誰にでも出てくる。それがこの年齢かなと。もし日本に戻るなら、僕のキャリアが始まった場所である長崎でプレーしたいです。昨シーズン、大先輩である狩俣昌也選手が引退される姿を見て、あんなふうに幸せな感じで、みんなに祝福されて引退できたら最高だなと思いました。

引退した後は、海がある場所に住みたいです。そこで趣味としてサーフィンを楽しみたい。プロを目指すわけではなく、あくまで遊びとして、穏やかに幸せに暮らしたい。ただ、現役生活は40歳まで続けたいと思っています。32歳で日本に戻ってきて、そこからさらに7~8年。その時には家族もいるでしょうし、考え方は変わっているかもしれませんが、大好きなバスケをやり切って、幸せな人生を送りたいです。
 

偉大な先輩・狩俣昌也のような引退を思い描く【(C)B.LEAGUE】
 

今回、こうして10年間の年表を作ってみて、「あ、こういうこともしてみたいな」と自分の中で新しい発見がありました。これまでも大体では考えていたんですけど、こうやって細かく10年分の自分の人生を考えたことはなかったですから。「感謝」という言葉を胸に、関わってくれるすべての人に恩返しができるような10年間にしたいですね。

インタビュー=峯嵜俊太郎(バスケットボールキング)

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